Ω 南ユダの王の年代表 | |||||
前提1:アダム2523年にイスラエルの民がエジプトから出たと仮定します。前提2:ソロモンがBC970年=アダム3000年に即位したと仮定します。前提3:ソロモン4年=神殿建築開始=BC967年=アダム3003年[1]前提4:一般的に知られている年表を参照しました。参照した年表が正確かどうかはわかりません。 |
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王 |
即位BC |
即位アダム年 |
即位年齢 |
支配期間 |
死BC |
ダビデ |
1010年BC |
アダム2960年 |
30歳 |
40年 |
1010-40=970 |
ソロモン |
970年BC |
アダム3000年 |
|
40年 |
970-40=930 |
レハベアム |
930年BC |
アダム3040年 |
41歳 |
17年 |
930-17=913 |
アビヤ(アビヤム) |
913年BC |
アダム3057年 |
|
3年 |
913-3=910 |
アサ |
910年BC |
アダム3060年 |
|
41年 |
910-41=869 |
アサが死ぬ前にヨシャパテがユダを治め始めたようです[2]。 |
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ヨシャパテ |
872年BC |
アダム3098年 |
35歳 |
25年 |
872-25=847 |
ヨシャパテが死ぬ前にヨラムがユダを治め始めます[3]。 |
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ヨラム |
848年BC |
アダム3112年 |
32歳 |
8年 |
848-8=840 |
アハズヤ(アザルヤ[4],エホアハズ[5]) |
841年BC |
アダム3129年 |
42歳 |
1年 |
841-1=840 |
アタルヤ |
841年BC |
アダム3129年 |
|
6年 |
841-6=835 |
ヨアシュ |
835年BC |
アダム3135年 |
7歳 |
40年 |
835-40=795 |
アマツヤ |
796年BC |
アダム3174年 |
25歳 |
29年 |
796-29=767 |
アマツヤが北イスラエルに捕虜に惹かれながら、ウジヤがユダを治め始めたようです[6]。 |
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ウジヤ(アザルヤ[7]) |
791年BC |
アダム3179年 |
16歳 |
52年 |
791-52=739 |
ウジヤが死ぬ前にヨタムがユダを治め始めます[8]。 |
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ヨタム |
747年BC |
アダム3223年 |
25歳 |
16年 |
747-16=731 |
アハズ |
731年BC |
アダム3239年 |
20歳 |
16年 |
731-16=715 |
ヒゼキヤ |
715年BC |
アダム3255年 |
25歳 |
29年 |
715-29=686 |
ヒゼキヤの病気が良い後4年後からマナセがユダを治め始めたようです[9]。 |
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マナセ |
697年BC |
アダム3273年 |
12歳 |
55年 |
697-55=642 |
アモン |
642年BC |
アダム3328年 |
22歳 |
2年 |
642-2=640 |
ヨシヤ |
640年BC |
アダム3330年 |
8歳 |
31年 |
640-31=609 |
エホアハズ |
609年BC |
アダム3361年 |
23歳 |
3ヶ月 |
609 |
エホヤキム |
609年BC |
アダム3361年 |
25歳 |
11年 |
609-11=598 |
エホヤキン |
598年BC |
アダム3372年 |
8歳 |
3ヶ月 |
598 |
ゼデキヤ |
597年BC |
アダム3373年 |
21歳 |
11年 |
597-11=586 |
南ユダの滅亡 |
586年BC |
アダム3384年 |
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[1] 王上6:1 イスラエル人がエジプトの地を出てから四百八十年目、ソロモンがイスラエルの王となってから四年目のジブの月、すなわち第二の月に、ソロモンは主の家の建設に取りかかった。
[2] 代下16:12 それから、アサはその治世の第三十九年に、両足とも病気にかかった。彼の病は重かった。ところが、その病の中でさえ、彼は主を求めることをしないで、逆に医者を求めた。
代下16:13 アサは、彼の先祖たちとともに眠った。すなわち、その治世の第四十一年に死んだ。
[3] 王下8:16 イスラエルの王アハブの子ヨラムの第五年に―ヨシャパテがユダの王であったが―ユダの王ヨシャパテの子ヨラムが王となった。
[4] 代下22:6 彼は、アラムの王ハザエルと戦ったときにラマで負わされた傷をいやすため、イズレエルに帰って來た。ユダの王ヨラムの子アハズヤは、アハブの子ヨラムが病気であったので、彼を見舞いにイズレエルに下って行った。
[5] 代下21:17 彼らは、ユダに上って攻め入り、王宮の中で目に留まったすべての財産と彼の子や妻たちを奪い去った。その結果、彼には末子のエホアハズのほか、男の子はだれも残らなかった。
[6] 代下25:23 イスラエルの王ヨアシュは、エホアハズの子ヨアシュの子、ユダの王アマツヤを、ベテ․シェメシュで捕え、エルサレムに連れて來たうえ、エルサレムの城壁をエフライムの門から隅の門まで、四百キュビトにわたって打ちこわした。
代下25:24 またオベデ․エドムの管理していた神の宮にあったすべての金と銀、およびすべての器具、それに王宮の財宝と人質を取って、サマリヤに帰った。
[7] 王下15:1 イスラエルの王ヤロブアムの第二十七年に、ユダの王アマツヤの子アザルヤが王となった。
王下15:2 彼は十六歳で王となり、エルサレムで五十二年間、王であった。彼の母の名はエコルヤといい、エルサレムの出であった。
[8] 代下26:21 ウジヤ王は死ぬ日までらい病に冒されていたので、らいを病む者として隔離された家に住んだ。彼は主の宮から絶たれたからである。その子ヨタムが王宮を管理し、この国の人人をさばいていた。
[9] 王下20:5 「引き返して、わたしの民の君主ヒゼキヤに告げよ。あなたの父ダビデの神、主は、こう仰せられる。『わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの淚も見た。見よ。わたしはあなたをいやす。三日目には、あなたは主の宮に上る。
王下20:6 わたしは、あなたの寿命にもう十五年を加えよう。わたしはアッシリヤの王の手から、あなたとこの町を救い出し、わたしのために、また、わたしのしもべダビデのためにこの町を守る。』」
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