第1の復活を通して、義なる被造物たちから犯罪の可能性が消滅されます。すぐに実際の神殿が贖われ始めます。実際の神殿が贖われる間、地上に7つの災害が降り注ぎます。7つの災害が終わると、実際の神殿の贖いが終えられます。
レビ16:17 彼が贖いをするために聖所にはいって、再び出て來るまで、だれも会見の天幕の中にいてはならない。彼は自分と、自分の家族、それにイスラエルの全集会のために贖いをする。
† 会見の幕屋は実際の神殿を象徴します。大祭司が会見の幕屋を贖っている間、誰も会見の幕屋にいられません。主イエス様が実際の神殿を贖われる間、誰も実際の神殿にいられません。
黙15:8 聖所は神の栄光と神の大能から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその聖所に、はいることができなかった。
† 大祭司が至聖所で贖いを終えるまで、誰も神殿に入ることができませんでした。主イエス様が実際の神殿の贖いを終えられるまで、誰も実際の神殿に入ることができません。7つの災害が終えられるまで、誰も実際の神殿に入ることができません。主イエス様が実際の神殿を贖われる間、地上に7つの災害が降り注ぎます。
† 実際の神殿を贖うという意味は、実際の神殿から罪を消すという意味です。御使いたちから犯罪の可能性が消滅されると、実際の神殿から罪が消されます。御使いたちの自由意志が完成されると、実際の神殿で再び犯罪は発生しません。
民35:33 あなたがたは、自分たちのいる土地を汚してはならない。血は土地を汚すからである。土地に流された血についてその土地を贖うには、その土地に血を流させた者の血による以外はない。
民35:34 あなたがたは、自分たちの住む土地、すなわち、わたし自身がそのうちに宿る土地を汚してはならない。主であるわたしが、イスラエル人の真中に宿るからである。」
† 罪から來る報酬は死です[3]。罪の代価は死で返さなければなりません。隣人を殺した犯罪者は死ななければなりません。犯罪者を殺さなければ地が贖われません。
黙16:5 また私は、水をつかさどる御使いがこう言うのを聞いた。「常にいまし、昔います聖なる方。あなたは正しい方です。なぜならあなたは、このようなさばきをなさったからです。
黙16:6 彼らは聖徒たちや預言者たちの血を流しましたが、あなたは、その血を彼らに飲ませました。彼らは、そうされるにふさわしい者たちです。」
黙16:7 また私は、祭壇がこう言うのを聞いた。「しかり。主よ。万物の支配者である神よ。あなたのさばきは真実な、正しいさばきです。」
† 犯罪者が死ぬと、神様の公義が明らかになります。第1の復活を通して、戒めの真実さが証明されました。戒めが裁きの基準として立てられました。戒めを破った犯罪者を裁かれても、被造物が神様の愛と公義を誤解しません。神様は犯罪者を殺します。神様の公義が明らかになります。
黙16:17 第七の御使いが鉢を空中にぶちまけた。すると、大きな声が御座を出て、聖所の中から出て來て、「事は成就した。」と言った。
† 第1の復活を通して、義なる被造物の自由意志が完成されます[4]。第1の復活の時は、大きな白い御座の裁きが始まる前です。したがって、被造物が神様の最終的な裁きを見ることができません。ところが、どのように被造物の自由意志が第1の復活の時に完成されることができるでしょうか。
† 分かりません。もし神様の最終的な裁きまで確認してこそ被造物の自由意志が完成されたとすれば、被造物の自由意志は大きな白い御座の裁きの時になって初めて完成されることができたでしょう。もしそうなら、神様は大きな白い御座の裁きの時に大贖罪を始められたでしょう。
† しかし、神様はそのようにおっしゃいません[5]。神様は、第1の復活の時に義なる被造物の自由意志が完成されるとおっしゃいます[6]。第1の復活を通して、神様の愛と公義が最終的に証明されます。第1の復活による証明が、被造物の自由意志を完成するのに十分なようです。
† 主イエス様の十字架を通して、殉教証人たちが死に打ち勝ちます。殉教証人の復活変化によって御使いたちの自由意志が完成されます。1000年の報い期間が終わった後、主イエス様は罪に関連するすべてのものを火の池に燃やされます。大きな白い御座の裁きの時に裁きが終えられます。しかし裁きは十字架を通して[7]既に始まりました[8]。十字架を通して創造が完成されます[9]。
黙18:24 また、預言者や聖徒たちの血、および地上で殺されたすべての人々の血が、この都の中に見いだされたからだ。」
† バビロンは様々な形で神様の民を攻撃してきました[10]。しかし、その後ろでバビロンを操縦した奴はいつもサタンでした。サタンはバビロンのような代理物を通して神様の民を殺してきました。7つの災害でバビロンが裁きを受けます[11]。バビロンに対する裁きが終わると、実際の神殿の贖いが終えられます[12]。
黙19:2 神のさばきは真実で、正しいからである。神は不品行によって地を汚した大淫婦をさばき、ご自分のしもべたちの血の報复を彼女にされたからである。」
† 淫婦バビロンは堕落した教会です。堕落した教会は神様の民を殺してきました。殉教証人たちは犯罪者たちに向けた裁きを叫びました[13]。ラッパが鳴っている間、殉教証人たちの祈りが捧げられました[14]。殉教証人たちの祈りが実際の至聖所をいっぱいに満たすと、第7のラッパが鳴ります。第7のラッパが鳴ると、地上に7つの災害が降り注ぎます。殉教証人たちの祈りが7つの災害を通して答えられます。
イザ26:19 あなたの死人は生き返り、私のなきがらはよみがえります。さめよ、喜び歌え。ちりに住む者よ。あなたの露は光の露。地は使者の霊を生き返らせます。
イザ26:20 さあ、わが民よ。あなたの部屋にはいり、うしろの戸を閉じよ。憤りの過ぎるまで、ほんのしばらく、身を隠せ。
イザ26:21 見よ。主はご自分の住まいから出て來て、地に住む者の罪を罰せられるからだ。地はその上に流された血を現わし、その上で殺された者たちを、もう、おおうことをしない。
† 殉教証人は死に至るまで戒めを守ります[15]。戒めを守ったので、殉教証人は死に打ち勝ちます。死に打ち勝つため、殉教証人は復活変化します。戒めの真実さが証明されます。戒めは裁きの基準として立てられます。戒めを守れと命じられる神様への疑いが消滅されます。神様の愛と公義に対する疑いが消滅されます。被造物は神様の支配に心から服従するようになります。義なる被造物の自由意志が完成されます。義なる被造物はもはや犯罪しません。
† 今、実際の神殿の贖いが始まります。主イエス様は実際の神殿から罪を消されます。主イエス様が実際の神殿を贖われる間、地上に7つの災害が降り注ぎます。御使いたちから犯罪の可能性が消滅されている間、地上に7つの災害が降り注ぎます。犯罪者たちの血で、地が贖われます[16]。犯罪者たちの死により、地から罪が消えます。犯罪者たちの死により、神様の公義が立てられます。第1の復活を通して、戒めが裁きの基準として立てられました。犯罪者たちはもはや裁きを避けられません。
† 地上に7つの災害が降り注ぐ間、復活変化した殉教証人たちは7つの災害を避けます。空中に引き上げられた殉教証人たちは部屋にとどまります。空中に引き上げられた殉教証人たちはガラスの海のほとりにとどまります[17]。
† 被造物の心の中に神様に対する疑いが残っていれば、被造物の自由意志は完成されません。神様の愛は戒めとして現れます。戒めは公義で守られます。したがって、愛と戒めと公義は結局同じです。戒めに対する疑いがあれば、戒めを守れと命じられる神様を信頼することはできません。戒めに対する疑いがあれば、戒めを破った被造物を殺される神様を愛することはできません。
† 神様は戒めで被造界を支配されます。神様の支配方式を信頼できなければ、神様の支配に服従することができません。戒めの真実さを確認できなければ、神様の支配に服従することはできません。戒めの真実さを確認できなければ、神様の公義を確信することができません。神様の公義を確信できなければ、神様の愛を誤解することになります。神様の愛を誤解すれば、神様を愛することができません。
† 主イエス様の十字架を通して、神様の愛と公義が1次的に証明されます。十字架の血で罪の赦しを受けた者たちに聖霊神様がお臨みになります。聖霊神様を通して、聖徒たちが死に至るまで戒めを守ります。戒めを守り、聖徒たちが死に打ち勝ちます。殉教証人たちの第1の復活を通して、戒めの真実さが証明されます。戒めの真実さが証明されると、戒めを守れと命じられる神様の愛と公義が完全に証明されます。
† 被造物が神様の愛と公義を完全に悟ると、被造物たちから神様に対する疑いが消滅されます。被造物から神様に対する疑いが消滅されると、被造物から犯罪の可能性が消滅されます。被造物の自由意志が完成されるのです。十字架を通して、被造物の自由意志が完成されます。十字架を通して、創造が完成されます。
† 大贖罪は罪を消すことです。主イエス様は大きな白い御座の裁きの時に、罪に関連したすべてのものを火の池に燃やされます。大きな白い御座の裁きの時に、死とハデスも火の池に投げ込まれます[18]。大きな白い御座の裁きの時に、被造界で罪は完全に消されます[19]。したがって、大きな白い御座の裁きの時に大贖罪が成されるのではないかという疑問があるかもしれません。
† 実際の神殿とハデスの贖いが終えられたとしても、罪は依然として残っています。被造界の大贖罪が終えられたとしても、罪は被造界に依然として残っています。1000年王国の終わりに、ほとんどの民がサタンに惑わされます[20]。
† しかし第1の復活を通して、神様の愛と公義は完全に証明されます。第1の復活を通して、義なる被造物の自由意志は完成されます[21]。被造物の自由意志を完成するためにもはや証明されなければならないことはありません。1000年王国が始まる前に、義なる被造物の自由意志は完成されます[22]。1000年王国は報いの期間であります。1000年王国の民を除いて、被造物はもはや犯罪しません[23]。したがって、1000年王国が始まる前に、大贖罪が終えられます。
† 「ただ第1の復活を確認するだけで、どのように被造物が神様の愛と公義を確信するようになるのでしょうか」という質問があるかもしれません。「ただ第1の復活を確認するだけで、どのように被造物の自由意志が完成されるのでしょうか?」という質問があるかもしれません。
† 十字架を通して、神様の愛と公義が1次的に証明されます[24]。十字架の血で罪の赦しを受けた者たちに聖霊神様がお臨みになります[25]。聖霊神様を通して、定められた数の殉教証人が死に至るまで戒めを守ります[26]。戒めを守り[27]、殉教証人たちは死に打ち勝ちます[28]。死に勝ち、殉教証人たちは復活変化します[29]。第1の復活を通して、戒めの真実さが証明されます。第1の復活を通して、被造物の疑いを消滅させるほど神様の愛と公義が証明されます[30]。したがって第1の復活を通して、被造物の自由意志が完成されます[31]。
† 神様は死に打ち勝つ殉教証人の数を定められました。神様はまた最後の初穂の数を定められました[32]。神様はまた彼らが死に打ち勝つ時を定められました[33]。明らかに理由があるでしょう。
贖いは、義なる被造物の中に残っている犯罪の可能性をなくすことであります。裁きは悔い改めない犯罪者をなくすことです。ある意味、贖いには裁きが含まれます。裁きを通して贖いがなされるからです。神様の公義を確認してこそ、被造物が神様を信頼するようになるからです。神様の公義を確認してこそ、被造物から犯罪の可能性が消滅されるからです。
神様は被造物から犯罪の可能性をなくされます。神様は被造界を贖われます[34]。そのしるしが大贖罪の日であります[35]。
大祭司が至聖所から幕屋の贖いを終えるまで、誰も幕屋にいることはできませんでした[36]。主イエス様が実際の神殿の贖いを終えられるまで、誰も実際の神殿にいることはできません。7つの災害が終わるまで、誰も実際の神殿にいることはできません[37]。
会見の幕屋は至聖所と聖所です[38]。幕屋の中には金の香の祭壇があります[39]。幕屋の外の庭には[40]洗盤と[41]青銅の燔祭の祭壇が[42]あります[43]。幕屋は実際の神殿を象徴します。幕屋の外には燔祭の祭壇があります。実際の神殿の外にはハデスがあります。
主イエス様が実際の神殿を贖われる間、地上には7つの災害が降り注ぎます[44]。主イエス様が実際の神殿を贖われる間、聖徒たちはガラスの海のほとりにいます。聖徒たちは復活変化して空中に引き上げられます。聖徒たちはハデスを脱出してガラスの海の上に引き上げられます。聖徒たちは燔祭の祭壇を脱出して洗盤の上に引き上げられます。イスラエルはエジプトを脱出して紅海を渡ります[45]。
7つの災害が終わると、実際の神殿の贖いが終えられます。実際の神殿の贖いを終えられた後、主イエス様はハデスを贖われるために地上にまでお見えになります。主イエス様は地上にまでお見えになり、獣の軍勢を裁かれます。
大贖罪の日
① 幕屋の贖い = 実際の神殿の贖い = 7つの災害
② 燔祭の祭壇の贖い = ハデスの贖い = 獣の裁き
③ アザゼルを荒野に監禁 = サタンを底知れぬ所に監禁
仮庵の祭り = 1000年王国 = 新しい天と新しい地 = パラダイス = 第3の天
7つの災害は実際の神殿の贖いに含まれます。獣の裁きはハデスの贖いに含まれます。アザゼルヤギを荒野に閉じ込める前に、大祭司が燔祭の祭壇を贖われます[46]。サタンを底知れぬ所に閉じ込める前に、主イエス様がハデスを贖われます。
7つの災害が終わった後からサタンを閉じ込める前までは、淫婦の滅亡と獣の裁き以外には特別な事件がありません。したがって、淫婦の滅亡と獣の裁きがおそらくハデスの贖いでしょう。緋色の獣がバビロン淫婦を焼き尽くします[47]。主イエス様は緋色の獣を燃やされます[48]。
7つの災害の前の獣 = バビロン淫婦に掌握された緋色の獣 = 超バビロンローマ教皇権 = 海の獣
7つの災害の後の獣 = バビロン淫婦を焼き尽くした緋色の獣 = 緋色の獣
幕屋と燔祭の祭壇の贖いを終えた後、適時の者がアザゼルヤギを荒野に閉じ込めます[49]。実際の神殿とハデスの贖いを終えられた後、主イエス様はサタンを底知れぬ所に閉じ込められます。サタンの監禁がハデスの贖いに含まれないという意味です[50]。
サタンの監禁は犯罪の可能性の消滅とは関係がありません。1000年王国の終わりに、主イエス様はサタンをしばらく解き放されます。主イエス様がサタンを閉じ込められる理由は、1000年後のためにサタンをしばらく生かしておかれることだけです。主イエス様がサタンを閉じ込められる理由は、贖いではなく監禁が目的です。(サタン噓群れが底知れぬ所に閉じ込められると、被造界が罪の勢力から分離されます。したがって、サタンの監禁を贖いの一部として見る見方もあり得ます。)
サタンを閉じ込められる前に、ハデスはすでに贖われました。ハデスが贖われる前に、実際の神殿はすでに贖われました。被造物の中に残っている犯罪の可能性は、第1の復活を通してすでに消滅されました。
しかし、7つの災害が終わるまでは、実際の神殿の贖いは終えられません[51]。7つの災害が終わるまでは、実際の神殿から罪の痕跡が消えません。それでは、御使いたちの自由意志が完成されるためには、7つの災害が必要だという意味なのでしょうか?第1の復活だけでは御使いたちの自由意志が完成されることができないという意味なのでしょうか?
7つの災害によって苦しむ対象は、ただ獣を拝むその時代の悪人だけです。堕落した御使いたちは7つの災害によって苦しむことはありません。すでに死んでしまったほとんどの人類は7つの災害によって苦しんでいません。6000年の人類の歴史の中で、数少ない悪人だけが7つの災害によって苦しみます。7つの災害はその時代の裁きに過ぎません。7つの災害が御使いたちの自由意志を完成するのに果たしてどれだけ影響を及ぼすことができるでしょうか。
被造物の自由意志が完成されるためには、被造物が神様の公義を確認しなければなりません。神様が裁きを通して神様の公義を証明される必要があるかもしれません。7つの災害を通して神様の公義が証明されるという見方があり得ます。実際の神殿に誰も入ることができない理由が、神様の公義が証明されている中であるためだという見方があり得ます。実際の神殿から罪が消される理由が、神様の公義が証明されている中であるためだという見方があり得ます。7つの災害を通して証明された神様の公義を確認し、御使いたちの自由意志が完成されるという見方です。
しかし7つの災害は6000年の人類の歴史の中でごく少数の悪人だけを殺す裁きです[52]。堕落した御使いたちは7つの災害によって苦しむこともありません。そのような7つの災害が果たして御使いたちの自由意志を完成するほどまで神様の公義を証明することができるのでしょうか。
7つの災害が終わると、実際の神殿の贖いが終えられます[53]。7つの災害が終わると、神様の御怒りが終えられます[54]。しかし、私は被造物の自由意志が7つの災害を通して完成されるとは思いません。御使いたちは第1の復活を見たいと願っています[55]。7つの災害を見たいと願っているわけではありません。御使いたちの自由意志は第1の復活を通してすでに完成されました。
第1の復活で神様の愛と公義が十分に証明されました[56]。第1の復活で証明された神様の愛と公義は、御使いの自由意志を完成するのに十分です。第1の復活を通して、戒めの真実さが証明されます[57]。第1の復活を通して、被造物から神様への疑いが消滅されます。第1の復活を通して、被造物たちから犯罪の可能性が消滅されます。
第1の復活を通して、戒めが裁きの基準として立てられます。第1の復活が起こると、裁きが始まります。その始まりが7つの災害です[58]。神様はこれまで[59]サタン噓群れの犯罪を[60]我慢してこられました[61]。その理由は、神様にサタン噓群れを裁かれる力が[62]ないからではありません[63]。神様がもし証明なしにサタン噓群れを殺してしまうなら、すべての被造物をすべて殺さなければならないからです。
もちろん、神様はすべての被造物を一瞬ですべて殺してしまうことができます[64]。しかし、そうされません[65]。神様は犯罪した被造物だけを選んで殺してしまうことができます。しかし自由意志が完成されなければ、被造物はいつかは必ず犯罪します。結局、すべての被造物が犯罪することになります。自由意志が完成されなければ結局、すべての被造物が死にます。
ですから、神様はまず被造物の自由意志を完成されます。サタン噓群れを火の池に燃やされる前に、神様はまず戒めの真実さを証明されます。神様を心から愛するようになった被造物の自由意志は完成されます。しかし、サタン噓群れは悔い改めることを拒みます。サタン噓群れは隣人を踏みにじるのをやめようとしません。サタン噓群れの自由意志は完成されません。したがって、神様はサタン噓群れを殺されます。
死は罪から来る報酬です[66]。死ぬためには、犯罪しなければなりません。罪は戒めを破るのです。死ぬためには、戒めを破らなければなりません[67]。戒めを守れば、死に打ち勝ちます。死に打ち勝つと、復活変化します[68]。もし彼が戒めを守ったなら、彼は死に打ち勝つでしょう。もし彼が死に勝ったなら、彼は復活変化するでしょう。彼の復活変化を通して、彼が戒めを守ったという事実が証明されます。
神様が定められた戒めの限界は命を捨てることです[69]。死に至るまで神様と隣人を愛すれば、戒めを本当によく守ったのです[70]。殉教証人は戒めをよく守った者です。神様は殉教証人の数を定められました[71]。神様は殉教証人を復活変化させられる時を定められました[72]。神様は被造物が戒めを守ることができるとおっしゃいます[73]。戒めを守った殉教証人が死に打ち勝つと、その事実が証明されます[74]。第1の復活を通して、戒めの真実さが証明されます[75]。
サタンは、被造物が戒めを守ることができないと主張します。そしてサタンは隣人を踏みにじります。戒めが本当に守ることができないものであれば、サタンの行ないは罪ではないでしょう。戒めが本当に守ることができないものであれば、隣人を踏みにじる者を火の池に燃やされる神様は殺人者であるでしょう。
しかし殉教証人たちが死に打ち勝ちました。戒めの真実さが証明されました。神様は戒めを破る被造物を火の池に燃やされます。神様が隣人を踏みにじる人々を火の池に燃やされても、今は被造物が神様を誤解しません[76]。神様は踏みにじられる被造物を守られるために、踏みにじる被造物を第2の死に投げ込まれます[77]。神様が創造された同じ被造物ですが[78]、やむを得ず殺されることです[79]。
殉教証人を通して、戒めの真実さが証明されました。花嫁を通して、戒めが妥当な支配の基準であるという事実が証明されました[80]。今、すべての被造物は戒めで支配される花婿に喜んで服従します[81]。
罪を赦されるために、御父は御子まで捨てられました[82]。被造界に戒めを固く立てられるために、御子が御父に捨てられることまでされました。今、敢えて戒めを無視できる被造物はありません。今、敢えて神様を逆らって隣人を踏みにじることができる被造物はありません。神様は戒めを破る罪の重さを神様ご自身として定められました[83]。今、隣人を踏みにじる奴は誰でも死にます。神様ご自身がその重さを定められた戒めで、神様ご自身が裁きを始められます[84]。地上に7つの災害が降り注ぎます。
もし神様が隣人を踏みにじる犯罪者を裁かなければ、被造物は神様の公義を誤解するかもしれません。もし神様が踏みにじられる被造物を守らなければ、被造物は神様の愛を誤解するかもしれません。もし神様が突然御心を変えられてサタンを永遠に生きさせられるならば、被造物が神様の愛と公義を誤解することができます[85]。したがって、「大きな白い御座の裁きまで終わってこそ、被造物の自由意志が完成されるのではないでしょうか?」という疑問があるかもしれません。
もし大きな白い御座の裁きの後に被造物の自由意志が完成されれば、被造界は大きな白い御座の裁きの後に贖われるでしょう。もし大きな白い御座の裁きの後に被造物の自由意志が完成されれば、被造界の大贖罪の日は大きな白い御座の裁きの後にあることになるでしょう。もし、大贖罪の日が大きな白い御座の裁きの後にあるならば、神様がそのようにおっしゃったはずです。
しかし、神様は第1の復活の直後に大贖罪を始められます。神様は、第1の復活を通して被造物の自由意志が完成される仕組みで被造界を存続させていらっしゃいます[86]。第1の復活を通して、神様の愛と公義が最終的に証明されます。第1の復活の後には被造物がもはや神様を誤解しません。神様がサタンを必ず裁かれることを、被造物は信頼するでしょう。神様が犯罪者を必ず火の池に燃やされることを、被造物は疑わないでしょう。
被造物が神様のご性質を知れば、被造物の自由意志は完成されます[87]。被造物に神様のご性質を知らせられるために、神様が被造物となられました[88]。被造物に神様のご性質を知らせられるために、神様が十字架を背負われました[89]。被造物が神様のご性質を知れば、創造が完成されます[90]。
神様は長く忍耐されます。しかし、永遠に忍耐されることはありません。神様は最後まで悔い改めない犯罪者を火の池に燃やされます[91]。もし神様が隣人を踏みにじる者を引き続き生かしておかれならば、彼に踏みにじられる被造物は引き続き苦しむでしょう。もし神様が犯罪者を裁かなければ、神様は愛ではないでしょう。
第1の復活を通して、被造物は神様の愛と公義を完全に確認しました。今、被造物は神様を疑いません。今、被造物は「神様がもしかするとサタンを生かしておかれるのではないでしょうか?」と疑いません。今、被造物は神様が必ずサタンを火の池に燃やされることを知ります。今、被造物は隣人を踏みにじる者を神様が必ず裁かれることを知ります。今、被造物は神様の御言葉を疑いません[92]。したがって、被造物は今、神様を心から愛します。これで、被造物の自由意志は完成されます。
父はサタンを裁かれるために[93]御子を捨てられました[94]。御子は被造界で罪を消滅させられるために父に捨てられました[95]。そのような神様が突然決定を変えられるでしょうか[96]。神様が裁きを撤回されるでしょうか[97]。神様がサタンを引き続き生かしておかれるでしょうか[98]。神様が被造物をずっと苦しめ続けるでしょうか[99]。
もしそうなら、神様は愛ではないでしょう[100]。もしそうなら、神様は真実ではないでしょう[101]。もしそうなら、被造物はすべて死ぬことになるでしょう[102]。しかし、神様は真実です。もし神様が真実でなければ、創造はそもそも始まり自体が不可能です。偽から真が出ることはできません。私たちは実際に存在します[103]。真の存在が私たちをお召しになったからです[104]。神様はまず裁きをあらかじめ定められ[105]、その後創造を始められました[106]。
贖いが終えられるという意味は、罪が消されるという意味です[107]。贖いが終えられるという意味は、犯罪の可能性が消されるという意味です[108]。贖いが終えられるという意味は、犯罪者が消されるという意味です。主イエス様の十字架を通して、被造物が神様の愛と公義を悟るようになりました[109]。今、被造物はもはや神様を誤解しません。今、被造物は神様を愛します[110]。今、被造物は戒めを守ります[111]。被造物の自由意志は今、完成されました[112]。贖いにより、創造は今や事実上完成されました[113]。
[1] 出33:7 モ-セはいつも天幕を取り、自分のためにこれを宿営の外の、宿営から離れた所に張り、そしてこれを会見の天幕と呼んでいた。だれでも主に伺いを立てる者は、宿営の外にある会見の天幕に行くのであった。
出40:2 「第一の月の一日に、あなたは会見の天幕である幕屋を建てなければならない。
[2] レビ16:33 彼は至聖所の贖いをする。また会見の天幕と祭壇の贖いをしなければならない。また彼は祭司たちと集会のすべての人人の贖いをしなければならない。
[3] ロマ6:23 罪から來る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト․イエスにある永遠のいのちです。
[4] 1ペト1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人人を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。
1ペト1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス․キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。
[5] ルカ20:35 次の世にはいるのにふさわしく、死人の中から复活するのにふさわしい、と認められる人たちは、めとることも、とつぐこともありません。
ルカ20:36 彼らはもう死ぬことができないからです。彼らは御使いのようであり、また、复活の子として神の子どもだからです。
[6] 黙21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」
黙21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」
[7] ヨハネ12:31 今がこの世のさばきです。今、この世を支配する者は追い出されるのです。
ヨハネ12:32 わたしが地上から上げられるなら、わたしはすべての人を自分のところに引き寄せます。」
[8] コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。
[9] エフェ1:9 みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、神が御子においてあらかじめお立てになったご計画によることであって、
エフェ1:10 時がついに満ちて、この時のためのみこころが実行に移され、天にあるものも地にあるものも、いっさいのものが、キリストにあって一つに集められることなのです。このキリストにあって、
[10] 創11:9 それゆえ、その町の名はバベルと呼ばれた。主が全地のことばをそこで混亂させたから、すなわち、主が人人をそこから地の全面に散らしたからである。
ダニ1:1 ユダの王エホヤキムの治世の第三年に、バビロンの王ネブカデネザルがエルサレムに來て、これを包囲した。
[11] 黙16:17 第七の御使いが鉢を空中にぶちまけた。すると、大きな声が御座を出て、聖所の中から出て來て、「事は成就した。」と言った。
黙16:18 すると、いなずまと声と雷鳴があり、大きな地震があった。この地震は人間が地上に住んで以來、かつてなかったほどのもので、それほどに大きな、強い地震であった。
黙16:19 また、あの大きな都は三つに裂かれ、諸国の民の町 は倒れた。そして、大バビロンは、神の前に覚えられて、神の激しい怒りのぶどう酒の杯を与えられた。
[12] 黙15:8 聖所は神の栄光と神の大能から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその聖所に、はいることができなかった。
レビ16:17 彼が贖いをするために聖所にはいって、再び出て來るまで、だれも会見の天幕の中にいてはならない。彼は自分と、自分の家族、それにイスラエルの全集会のために贖いをする。
[13] 黙6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。
黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の复讐をなさらないのですか。」
黙6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。
[14] 黙8:3 また、もうひとりの御使いが出て來て、金の香爐を持って祭壇のところに立った。彼にたくさんの香が与えられた。すべての聖徒の祈りとともに、御座の前にある金の祭壇の上にささげるためであった。
黙8:4 香の煙は、聖徒たちの祈りとともに、御使いの手から神の御前に立ち上った。
黙8:5 それから、御使いは、その香爐を取り、祭壇の火でそれを満たしてから、地に投げつけた。すると、雷鳴と声といなずまと地震が起こった。
黙8:6 すると、七つのラッパを持っていた七人の御使いはラッパを吹く用意をした。
[15] ヨハネ15:12 わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。
ヨハネ15:13 人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。
[16] 民35:33 あなたがたは、自分たちのいる土地を汚してはならない。血は土地を汚すからである。土地に流された血についてその土地を贖うには、その土地に血を流させた者の血による以外はない。
[17] 黙14:1 また私は見た。見よ。小羊がシオンの山の上に立っていた。また小羊とともに十四万四千人の人たちがいて、その額には小羊の名と、小羊の父の名とがしるしてあった。
黙15:2 私は、火の混じった、ガラスの海のようなものを見た。獣と、その像と、その名を示す数字とに打ち勝った人々が、神の立琴を手にして、このガラスの海のほとりに立っていた。
黙15:3 彼らは、神のしもべモ-セの歌と小羊の歌とを歌って言った。「あなたのみわざは偉大であり、驚くべきものです。主よ。万物の支配者である神よ。あなたの道は正しく、真実です。もろもろの民の王よ。
[18] 1コリ15:25 キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。
1コリ15:26 最後の敵である死も滅ぼされます。
[19] 1コリ15:28 しかし、万物が御子に従うとき、御子自身も、ご自分に万物を従わせた方に従われます。これは、神が、すべてにおいてすべてとなられるためです。
[20] 黙20:7 しかし千年の終わりに、サタンはその牢から解き放され、
黙20:8 地の四方にある諸国の民、すなわち、ゴグとマゴグを惑わすために出て行き、戦いのために彼らを召集する。彼らの数は海べの砂のようである。
[21] ロマ8:29 なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人人を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。
ロマ8:30 神はあらかじめ定めた人人をさらに召し、召した人人をさらに義と認め、義と認めた人人にはさらに栄光をお与えになりました。
[22] エレ1:5 「わたしは、あなたを胎内に形造る前から、あなたを知り、あなたが腹から出る前から、あなたを聖別し、あなたを国国への預言者と定めていた。」
[23] 黙21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」
黙21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」
[24] ロマ5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。
[25] 1ヨハ3:9 だれでも神から生まれた者は、罪のうちを歩みません。なぜなら、神の種がその人のうちにとどまっているからです。その人は神から生まれたので、罪のうちを歩むことができないのです。
[26] 黙12:10 そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。
黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。
[27] ヨハネ15:12 わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。
ヨハネ15:13 人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。
[28] 1コリ15:54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。
1コリ15:55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」
1コリ15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。
[29] ロマ8:11 もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト․イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。
ロマ8:12 ですから、兄弟たち。私たちは、肉に従って歩む責任を、肉に対して負ってはいません。
ロマ8:13 もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。しかし、もし御霊によって、からだの行ないを殺すなら、あなたがたは生きるのです。
[30] 1ペト1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人人を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。
1ペト1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス․キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。
[31] 黙6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。
黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の复讐をなさらないのですか。」
黙6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。
[32] 黙14:3 彼らは、御座の前と、四つの生き物および長老たちの前とで、新しい歌を歌った。しかし地上から贖われた十四万四千人のほかには、だれもこの歌を学ぶことができなかった。
黙14:4 彼らは女によって汚されたことのない人々である。彼らは童貞なのである。彼らは、小羊が行く所には、どこにでもついて行く。彼らは、神および小羊にささげられる初穂として、人々の中から贖われたのである。
[33] 創2:1 こうして、天と地とそのすべての万象が完成された。
創2:2 それで神は、第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち、第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。
[34] コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。
[35] レビ16:15 アロンは民のための罪のためのいけにえのやぎをほふり、その血を垂れ幕の内側に持ってはいり、あの雄牛の血にしたようにこの血にもして、それを『贖いのふた』の上と『贖いのふた』の前に振りかける。
レビ16:16 彼はイスラエル人の汚れと、そのそむき、すなわちそのすべての罪のために、聖所の贖いをする。彼らの汚れの中に彼らとともにある会見の天幕にも、このようにしなければならない。
[36] レビ16:17 彼が贖いをするために聖所にはいって、再び出て來るまで、だれも会見の天幕の中にいてはならない。彼は自分と、自分の家族、それにイスラエルの全集会のために贖いをする。
[37] 黙15:8 聖所は神の栄光と神の大能から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその聖所に、はいることができなかった。
[38] 出27:21 アロンとその子らは、あかしの箱の前の垂れ幕の外側にある会見の天幕で夕方から朝まで、主の前にそのともしびをととのえなければならない。これはイスラエル人が代代守るべき永遠のおきてである。
[39] 出40:26 それから彼は、会見の天幕の中の垂れ幕の前に、金の壇を置き、
[40] レビ6:16 その残った分は、アロンとその子らが食べることができる。それを聖なる所で種を入れないパンにして食べなければならない。それを会見の天幕の庭で食べなければならない。
[41] 出30:18 「洗いのための青銅の洗盤と青銅の台を作ったなら、それを会見の天幕と祭壇の間に置き、その中に水を入れよ。
出30:19 アロンとその子らは、そこで手と足を洗う。
出30:20 彼らが会見の天幕にはいるときには、水を浴びなければならない。彼らが死なないためである。また、彼らが、主への火によるささげ物を焼いて煙にする務めのために祭壇に近づくときにも、
[42] レビ4:7 祭司はその血を、会見の天幕の中にある主の前のかおりの高い香の祭壇の角に塗りなさい。その雄牛の血を全部、会見の天幕の入口にある全焼のいけにえの祭壇の土台に注がなければならない。
[43] レビ4:4 その雄牛を会見の天幕の入口の所、主の前に連れて來て、その雄牛の頭の上に手を置き、主の前にその雄牛をほふりなさい。
[44] 黙16:1 また、私は、大きな声が聖所から出て、七人の御使いに言うのを聞いた。「行って、神の激しい怒りの七つの鉢を、地に向けてぶちまけよ。」
黙16:2 そこで、第一の御使いが出て行き、鉢を地に向けてぶちまけた。すると、獣の刻印を受けている人々と、獣の像を拝む人々に、ひどい悪性のはれものができた。
[45] 黙15:2 私は、火の混じった、ガラスの海のようなものを見た。獣と、その像と、その名を示す数字とに打ち勝った人々が、神の立琴を手にして、このガラスの海のほとりに立っていた。
黙15:3 彼らは、神のしもべモ-セの歌と小羊の歌とを歌って言った。「あなたのみわざは偉大であり、驚くべきものです。主よ。万物の支配者である神よ。あなたの道は正しく、真実です。もろもろの民の王よ。
[46] レビ16:20 彼は聖所と会見の天幕と祭壇との贖いをし終え、先の生きているやぎをささげる。
[47] 黙17:16 あなたが見た十本の角と、あの獣とは、その淫婦を憎み、彼女を荒廃させ、裸にし、その肉を食い、彼女を火で焼き尽くすようになります。
[48] 黙19:20 すると、獣は捕えられた。また、獣の前でしるしを行ない、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者も、彼といっしょに捕えられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ翔まれた。
[49] マタイ4:1 さて、イエスは、悪魔の試みを受けるため、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。
[50] レビ16:20 彼は聖所と会見の天幕と祭壇との贖いをし終え、先の生きているやぎをささげる。
レビ16:21 アロンは生きているやぎの頭に両手を置き、イスラエル人のすべての咎と、すべてのそむきを、どんな罪であっても、これを全部それの上に告白し、これらをそのやぎの頭の上に置き、係りの者の手でこれを荒野に放つ。
[51] 黙15:8 聖所は神の栄光と神の大能から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその聖所に、はいることができなかった。
レビ16:17 彼が贖いをするために聖所にはいって、再び出て來るまで、だれも会見の天幕の中にいてはならない。彼は自分と、自分の家族、それにイスラエルの全集会のために贖いをする。
[52] 黙16:1 また、私は、大きな声が聖所から出て、七人の御使いに言うのを聞いた。「行って、神の激しい怒りの七つの鉢を、地に向けてぶちまけよ。」
黙16:2 そこで、第一の御使いが出て行き、鉢を地に向けてぶちまけた。すると、獣の刻印を受けている人々と、獣の像を拝む人々に、ひどい悪性のはれものができた。
[53] 黙16:17 第七の御使いが鉢を空中にぶちまけた。すると、大きな声が御座を出て、聖所の中から出て來て、「事は成就した。」と言った。
[54] 黙15:1 また私は、天にもう一つの巨大な驚くべきしるしを見た。七人の御使いが、最後の七つの災害を携えていた。神の激しい怒りはここに窮まるのである。
[55] 1ペト1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人人を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。
1ペト1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス․キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。
[56] 1コリ15:54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。
1コリ15:55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」
1コリ15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。
[57] ヨブ1:8 主はサタンに仰せられた。「おまえはわたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている者はひとりも地上にはいないのだが。」
ヨブ1:9 サタンは主に答えて言った。「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。
ヨブ1:10 あなたは彼と、その家とそのすべての持ち物との回りに、垣を巡らしたではありませんか。あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地にふえ広がっています。
ヨブ1:11 しかし、あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。」
[58] 黙11:18 諸国の民は怒りました。しかし、あなたの御怒りの日が來ました。死者のさばかれる時、あなたのしもべである預言者たち、聖徒たち、また小さい者も大きい者もすべてあなたの御名を恐れかしこむ者たちに報いの与えられる時、地を滅ぼす者どもの滅ぼされる時です。」
黙11:19 それから、天にある、神の神殿が開かれた。神殿の中に、契約の箱が見えた。また、いなずま、声、雷鳴、地震が起こり、大きな雹が降った。
[59] 哀3:33 主は人の子らを、ただ苦しめ悩まそうとは、思っておられない。
哀3:34 地上のすべての捕われ人を足の下に踏みにじり、
哀3:35 人の権利を、いと高き方の前で曲げ、
哀3:36 人がそのさばきをゆがめることを、主は見ておられないだろうか。
[60] コヘ8:11 悪い行ないに対する宣告がすぐ下されないので、人の子らの心は悪を行なう思いで満ちている。
[62] サム上2:9 主は聖徒たちの足を守られます。悪者どもは、やみの中に滅びうせます。まことに人は、おのれの力によっては勝てません。
[63] 黙18:8 それゆえ一日のうちに、さまざまの災害、すなわち死病、悲しみ、飢えが彼女を襲い、彼女は火で焼き尽くされます。彼女をさばく神である主は力の強い方だからです。
[64] イザ48:12 わたしに聞け。ヤコブよ。わたしが呼び出したイスラエルよ。わたしがそれだ。わたしは初めであり、また、終わりである。
イザ48:13 まことに、わたしの手が地の基を定め、わたしの右の手が天を引き延ばした。わたしがそれらに呼びかけると、それらはこぞって立ち上がる。
[65] イザ53:12 それゆえ、わたしは、多くの人人を彼に分け与え、彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに數えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。
[66] ロマ6:23 罪から來る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト․イエスにある永遠のいのちです。
[67] 1ヨハ3:4 罪を犯している者はみな、不法を行なっているのです。罪とは律法に逆らうことなのです。
[68] 1コリ15:54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。
1コリ15:55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」
1コリ15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。
[69] ヨハネ15:12 わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。
ヨハネ15:13 人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。
[70] マタイ22:37 そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
マタイ22:38 これがたいせつな第一の戒めです。
[71] 黙6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。
黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の复讐をなさらないのですか。」
黙6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。
[72] 創2:1 こうして、天と地とそのすべての万象が完成された。
創2:2 それで神は、第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち、第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。
2ペト3:8 愛する者たちよ。この一事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。
[73] ヨブ2:3 主はサタンに仰せられた。「おまえはわたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている者はひとりも地上にはいない。彼はなお、自分の誠実を堅く保っている。おまえは、わたしをそそのかして、何の理由もないのに彼を滅ぼそうとしたが。」
ヨブ2:4 サタンは主に答えて言った。「皮の代わりには皮をもってします。人は自分のいのちの代わりには、すべての持ち物を与えるものです。
ヨブ2:5 しかし、今あなたの手を伸べ、彼の骨と肉とを打ってください。彼はきっと、あなたをのろうに違いありません。」
[74] 黙10:6 永遠に生き、天とその中にあるもの、地とその中にあるもの、海とその中にあるものを創造された方をさして、誓った。「もはや時が延ばされることはない。
黙10:7 第七の御使いが吹き鳴らそうとしているラッパの音が響くその日には、神の奥義は、神がご自身のしもべである預言者たちに告げられたとおりに成就する。」
[75] 1ペト1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人人を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。
1ペト1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス․キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。
[76] 申32:3 私が主の御名を告げ知らせるのだから、栄光を私たちの神に帰せよ。
申32:4 主は岩。主のみわざは完全。まことに、主の道はみな正しい。主は真実の神で、偽りがなく、正しい方、直ぐな方である。
[77] エゼ18:31 あなたがたの犯したすべてのそむきの罪をあなたがたの中から放り出せ。こうして、新しい心と新しい霊を得よ。イスラエルの家よ。なぜ、あなたがたは死のうとするのか。
エゼ18:32 わたしは、だれが死ぬのも喜ばないからだ。―神である主の御告げ。―だから、悔い改めて、生きよ。
[78] ヘブ12:9 さらにまた、私たちには肉の父がいて、私たちを懲らしめたのですが、しかも私たちは彼らを敬ったのであれば、なおさらのこと、私たちはすべての霊の父に服従して生きるべきではないでしょうか。
[79] サム下18:33 すると王は身震いして、門の屋上に上り、そこで泣いた。彼は泣きながら、こう言い続けた。「わが子アブシャロム。わが子よ。わが子アブシャロム。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。アブシャロム。わが子よ。わが子よ。」
[80] 詩89:14 義と公正は、あなたの王座の基。恵みとまことは、御前に先立ちます。
[81] エフェ1:22 また、神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました。
エフェ1:23 教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。
[82] マタイ27:46 三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」という意味である。
[83] イザ53:12 それゆえ、わたしは、多くの人人を彼に分け与え、彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに數えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。
[84] 黙11:18 諸国の民は怒りました。しかし、あなたの御怒りの日が來ました。死者のさばかれる時、あなたのしもべである預言者たち、聖徒たち、また小さい者も大きい者もすべてあなたの御名を恐れかしこむ者たちに報いの与えられる時、地を滅ぼす者どもの滅ぼされる時です。」
[85] 出34:7 恵みを千代も保ち、咎とそむきと罪を赦す者、罰すべき者は必ず罰して報いる者。父の咎は子に、子の子に、三代に、四代に。」
[86] 1ペト1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人人を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。
1ペト1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス․キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。
[87] ヤコ5:11 見なさい。耐え忍んだ人たちは幸いであると、私たちは考えます。あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いています。また、主が彼になさったことの結末を見たのです。主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられる方だということです。
[88] 1ヨハ1:1 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、
1ヨハ1:2 ―このいのちが現われ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現わされた永遠のいのちです。―
[89] 1ペト2:21 あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。
1ペト2:22 キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。
1ペト2:23 ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。
[90] 1ヨハ4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
1ヨハ4:11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。
[91] 出34:6 主は彼の前を通り過ぎるとき、宣言された。「主、主は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵みとまことに富み、
出34:7 恵みを千代も保ち、咎とそむきと罪を赦す者、罰すべき者は必ず罰して報いる者。父の咎は子に、子の子に、三代に、四代に。」
[92] 使徒27:25 ですから、皆さん。元気を出しなさい。すべて私に告げられたとおりになると、私は神によって信じています。
[93] 1ヨハ3:8 罪のうちを歩む者は、悪魔から出た者です。悪魔は初めから罪を犯しているからです。神の子が現われたのは、悪魔のしわざを打ちこわすためです。
[94] ガラ3:13 キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、「木にかけられる者はすべてのろわれたものである。」と書いてあるからです。
[95] 1コリ15:25 キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。
1コリ15:26 最後の敵である死も滅ぼされます。
[96] ロマ11:29 神の賜物と召命とは変わることがありません。
[97] マラ3:6 主であるわたしは変わることがない。ヤコブの子らよ。あなたがたは、滅ぼし尽くされない。
[98] 黙20:10 そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ翔まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。
[99] 黙21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」
黙21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」
[100] 1ヨハ4:8 愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。
[101] ヨハネ7:28 イエスは、宮で教えておられるとき、大声をあげて言われた。「あなたがたはわたしを知っており、また、わたしがどこから來たかも知っています。しかし、わたしは自分で來たのではありません。わたしを遣わした方は真実です。あなたがたは、その方を知らないのです。
[102] テト1:2 それは、偽ることのない神が、永遠の昔から約束してくださった永遠のいのちの望みに基づくことです。
[103] 使徒17:27 これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。
使徒17:28 私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である。』と言ったとおりです。
[104] イザ40:25 「それなのに、わたしを、だれになぞらえ、だれと比べようとするのか。」と聖なる方は仰せられる。
イザ40:26 目を高く上げて、だれがこれらを創造したかを見よ。この方は、その万象を數えて呼び出し、一つ一つ、その名をもって、呼ばれる。この方は精力に満ち、その力は強い。一つももれるものはない。
[105] 詩2:2 地の王たちは立ち構え、治める者たちは相ともに集まり、主と、主に油をそそがれた者とに逆らう。
詩2:9 あなたは鉄の杖で彼らを打ち砕き、焼き物の器のように粉粉にする。』」
1ペト1:20 キリストは、世の始まる前から知られていましたが、この終わりの時に、あなたがたのために、現われてくださいました。
[106] エフェ1:9 みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、神が御子においてあらかじめお立てになったご計画によることであって、
エフェ1:10 時がついに満ちて、この時のためのみこころが実行に移され、天にあるものも地にあるものも、いっさいのものが、キリストにあって一つに集められることなのです。このキリストにあって、
[107] コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。
[108] ルカ20:35 次の世にはいるのにふさわしく、死人の中から复活するのにふさわしい、と認められる人たちは、めとることも、とつぐこともありません。
ルカ20:36 彼らはもう死ぬことができないからです。彼らは御使いのようであり、また、复活の子として神の子どもだからです。
[109] 1ヨハ3:1 私たちが神の子どもと呼ばれるために、―事実、いま私たちは神の子どもです。―御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。世が私たちを知らないのは、御父を知らないからです。
[110] 2コリ5:14 というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。私たちはこう考えました。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのです。
2コリ5:15 また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。
[111] ダニ3:16 シャデラク、メシャク、アベデ․ネゴはネブカデネザル王に言った。「私たちはこのことについて、あなたにお答えする必要はありません。
ダニ3:17 もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える爐から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。
ダニ3:18 しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神神に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」
[112] 雅8:6 私を封印のようにあなたの心臓の上に、封印のようにあなたの腕につけてください。愛は死のように強く、ねたみはよみのように激しいからです。その炎は火の炎、すさまじい炎です。
雅8:7 大水もその愛を消すことができません。洪水も押し流すことができません。もし、人が愛を得ようとして、自分の財産をことごとく与えても、ただのさげすみしか得られません。
[113] 黙21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」
黙21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」
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