出12:17 あなたがたは種を入れないパンの祭りを守りなさい。それは、ちょうどこの日に、わたしがあなたがたの集団をエジプトの地から連れ出すからである。あなたがたは永遠のおきてとして代代にわたって、この日を守りなさい。
出12:18 最初の月の十四日の夕方から、その月の二十一日の夕方まで、種を入れないパンを食べなければならない。
レビ23:5 第一月の十四日には、夕暮れに過越のいけにえを主にささげる。
レビ23:6 この月の十五日は、主の、種を入れないパンの祭りである。七日間、あなたがたは種を入れないパンを食べなければならない。
イザ29:13 そこで主は仰せられた。「この民は口先で近づき、くちびるでわたしをあがめるが、その心はわたしから遠く離れている。彼らがわたしを恐れるのは、人間の命令を教え込まれてのことにすぎない。
イザ29:14 それゆえ、見よ、わたしはこの民に再び不思議なこと、驚き怪しむべきことをする。この民の知恵ある者の知恵は滅び、悟りある者の悟りは隠される。」
マルコ7:3 ―パリサイ人をはじめユダヤ人はみな、昔の人たちの言い伝えを堅く守って、手をよく洗わないでは食事をせず、
マルコ7:4 また、市場から帰ったときには、からだをきよめてからでないと食事をしない。まだこのほかにも、杯、水差し、銅器を洗うことなど、堅く守るように伝えられた、しきたりがたくさんある。―
マルコ7:5 パリサイ人と律法学者たちは、イエスに尋ねた。「なぜ、あなたの弟子たちは、昔の人たちの言い伝えに従って歩まないで、汚れた手でパンを食べるのですか。」
マルコ7:6 イエスは彼らに言われた。「イザヤはあなたがた偽善者について預言をして、こう書いているが、まさにそのとおりです。『この民は、口先ではわたしを敬うが、その心は、わたしから遠く離れている。
マルコ7:7 彼らが、わたしを拝んでも、むだなことである。人間の教えを、教えとして教えるだけだから。』
マルコ7:8 あなたがたは、神の戒めを捨てて、人間の言い伝えを堅く守っている。」
マルコ7:9 また言われた。「あなたがたは、自分たちの言い伝えを守るために、よくも神の戒めをないがしろにしたものです。
マルコ7:10 モ-セは、『あなたの父と母を敬え。』また『父や母をののしる者は、死刑に処せられる。』と言っています。
マルコ7:11 それなのに、あなたがたは、もし人が父や母に向かって、私からあなたのために上げられる物は、コルバン(すなわち、ささげ物)になりました、と言えば、
マルコ7:12 その人には、父や母のために、もはや何もさせないようにしています。
マルコ7:13 こうしてあなたがたは、自分たちが受け継いだ言い伝えによって、神のことばを空文にしています。そして、これと同じようなことを、たくさんしているのです。」
マタイ16:11 わたしの言ったのは、パンのことなどではないことが、どうしてあなたがたには、
マタイ16:12 彼らはようやく、イエスが気をつけよと言われたのは、パン種のことではなくて、パリサイ人やサドカイ人たちの教えのことであることを悟った。
マルコ14:1 さて、過越の祭りと種なしパンの祝いが二日後に迫っていたので、祭司長、律法学者たちは、どうしたらイエスをだまして捕え、殺すことができるだろうか、とけんめいであった。
1コリ5:6 あなたがたの高慢は、よくないことです。あなたがたは、ほんのわずかのパン種が、粉のかたまり全体をふくらませることを知らないのですか。
1コリ5:7 新しい粉のかたまりのままでいるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたはパン種のないものだからです。私たちの過越の小羊キリストが、すでにほふられたからです。
1コリ5:8 ですから、私たちは、古いパン種を用いたり、悪意と不正のパン種を用いたりしないで、パン種のはいらない、純粋で真実なパンで、祭りをしようではありませんか。
† 午後6時から一日が始まります。1月14日の夕方、すなわち夕暮れ時に過越の小羊を殺します[1]。1月14日午後3時に過越の小羊を殺します[2]。その後、太陽が沈むとすぐに1月15日が始まります。午後6時になると1月15日が始まります。1月15日から1月21日までの7日間が種入れぬパンの祭りです。
† 1月14日の夕方から1月21日の夕方までは夕方が8番であります。ところが、種入れぬパンを8日ではなく7日間食べるようにおっしゃいました。1月15日から7日を数えるという意味です。1月14日午後3時から午後6時までも種入れぬパンを食べなければなりません。したがって、正確に言えば、7日+3時間種入れぬパンを食べなければなりません。
† 種入れぬパンは人間の戒め[3]、すなわち非真理、すなわちサタンの[4]教え[5]、すなわち偶像を[6]象徴します[7]。サタンの教えは貪欲から生まれます[8]。したがって、パン種は偶像です[9]。
† 人間の戒めは[10]また、自分の力で[11]律法を守ろうとする[12]偽りの教えを[13]象徴することもあります[14]。自らの力で[15]律法を守り[16]救いに[17]至ろうとする[18]教えが[19]律法主義です[20]。律法主義に陥れば[21]、愛の行ないから愛を抜いて[22]善悪を判断します[23]。種入れぬパンは神様の御言葉を象徴します。小羊の血で罪の赦しを受けた者は、人間の戒めではなく神様の戒めを食べなければなりません。
律法主義=(愛+行ない)-愛=変質された善行
主イエス様は1月14日午後3時に亡くなられました。過越の小羊は1月14日午後3時に殺します。午後6時になると種入れぬパンの祭りが始まります。過越の小羊を殺して3時間が過ぎると種入れぬパンの祭りが始まります。主イエス様は1月14日午後3時に亡くなられ、1月16日夜明けに復活されました。主イエス様は第6日午後3時に亡くなられ、第1日夜明けに復活されました。主イエス様は金曜日の午後3時に亡くなられ、日曜日の夜明けに復活されました。
[1] 出12:5 あなたがたの羊は傷のない一歳の雄でなければならない。それを子羊かやぎのうちから取らなければならない。
出12:6 あなたがたはこの月の十四日までそれをよく見守る。そしてイスラエルの民の全集会は集まって、夕暮れにそれをほふり、
[2] ルカ23:44 そのときすでに十二時ごろになっていたが、全地が暗くなって、三時まで続いた。
ルカ23:45 太陽は光を失っていた。また、神殿の幕は真二つに裂けた。
ルカ23:46 イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。
[3] コロ2:8 あのむなしい、だましごとの哲学によってだれのとりこにもならぬよう、注意しなさい。そのようなものは、人の言い伝えによるものであり、この世に属する幼稚な教えによるものであって、キリストに基づくものではありません。
[4] 黙2:20 しかし、あなたには非難すべきことがある。あなたは、イゼベルという女をなすがままにさせている。この女は、預言者だと自称しているが、わたしのしもべたちを教えて誤りに導き、不品行を行なわせ、偶像の神にささげた物を食べさせている。
黙2:24 しかし、テアテラにいる人たちの中で、この教えを受け入れておらず、彼らの言うサタンの深いところをまだ知っていないあなたがたに言う。わたしはあなたがたに、ほかの重荷を負わせない。
黙2:25 ただ、あなたがたの持っているものを、わたしが行くまで、しっかりと持っていなさい。
[5] 2コリ11:13 こういう者たちは、にせ使徒であり、人を欺く働き人であって、キリストの使徒に変装しているのです。
2コリ11:14 しかし、驚くには及びません。サタンさえ光の御使いに変装するのです。
2コリ11:15 ですから、サタンの手下どもが義のしもべに変装したとしても、格別なことはありません。彼らの最後はそのしわざにふさわしいものとなります。
[6] ハバ2:18 彫刻師の刻んだ彫像や鋳像、偽りを教える者が、何の役に立とう。物言わぬ偽りの神神を造って、これを造った者が、それにたよったところで、何の役に立とう。
[7] エフェ4:14 それは、私たちがもはや、子どもではなくて、人の悪巧みや、人を欺く悪賢い策略により、教えの風に吹き回されたり、波にもてあそばれたりすることがなく、
[8] 2テモ4:3 というのは、人人が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次次に教師たちを自分たちのために寄せ集め、
2テモ4:4 真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。
[9] コロ3:5 ですから、地上のからだの諸部分、すなわち、不品行、汚れ、情欲、悪い欲、そしてむさぼりを殺してしまいなさい。このむさぼりが、そのまま偶像礼拝なのです。
[10] マタイ23:3 ですから、彼らがあなたがたに言うことはみな、行ない、守りなさい。けれども、彼らの行ないをまねてはいけません。彼らは言うことは言うが、実行しないからです。
マタイ23:4 また、彼らは重い荷をくくって、人の肩に載せ、自分はそれに指一本さわろうとはしません。
[11] マタイ23:16 忌わしいものだ。目の見えぬ手引きども。あなたがたはこう言う。『だれでも、神殿をさして誓ったのなら、何でもない。しかし、神殿の黄金をさして誓ったら、その誓いを果たさなければならない。』
マタイ23:17 愚かで、目の見えぬ人たち。黄金と、黄金を聖いものにする神殿と、どちらがたいせつなのか。
[12] ルカ16:13 しもべは、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、または一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。」
ルカ16:14 さて、金の好きなパリサイ人たちが、一部始終を聞いて、イエスをあざ笑っていた。
ルカ16:15 イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、人の前で自分を正しいとする者です。しかし神は、あなたがたの心をご存じです。人間の間であがめられる者は、神の前で憎まれ、きらわれます。
[13] マタイ23:23 忌わしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは、はっか、いのんど、クミンなどの十分の一を納めているが、律法の中ではるかに重要なもの、すなわち正義もあわれみも誠実もおろそかにしているのです。これこそしなければならないことです。ただし、他のほうもおろそかにしてはいけません。
マタイ23:24 目の見えぬ手引きども。あなたがたは、ぶよは、こして除くが、らくだはのみこんでいます。
[14] マタイ23:25 忌わしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは、杯や皿の外側はきよめるが、その中は強奪と放縦でいっぱいです。
マタイ23:26 目の見えぬパリサイ人たち。まず、杯の内側をきよめなさい。そうすれば、外側もきよくなります。
マタイ23:27 忌わしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは白く塗った墓のようなものです。墓はその外側は美しく見えても、内側は、死人の骨や、あらゆる汚れたものがいっぱいなように、
マタイ23:28 あなたがたも、外側は人に正しいと見えても、内側は偽善と不法でいっぱいです。
[15] ガラ4:9 ところが、今では神を知っているのに、いや、むしろ神に知られているのに、どうしてあの無力、無価値の幼稚な教えに逆戻りして、再び新たにその奴隷になろうとするのですか。
ガラ4:10 あなたがたは、各種の日と月と季節と年とを守っています。
ガラ4:11 あなたがたのために私の勞したことは、むだだったのではないか、と私はあなたがたのことを案じています。
[16] ガラ1:6 私は、キリストの恵みをもってあなたがたを召してくださったその方を、あなたがたがそんなにも急に見捨てて、ほかの福音に移って行くのに驚いています。
ガラ1:7 ほかの福音といっても、もう一つ別に福音があるのではありません。あなたがたをかき亂す者たちがいて、キリストの福音を変えてしまおうとしているだけです。
ガラ1:8 しかし、私たちであろうと、天の御使いであろうと、もし私たちが宣べ伝えた福音に反することをあなたがたに宣べ伝えるなら、その者はのろわれるべきです。
[17] ガラ3:21 とすると、律法は神の約束に反するのでしょうか。絶対にそんなことはありません。もしも、与えられた律法がいのちを与えることのできるものであったなら、義は確かに律法によるものだったでしょう。
ガラ3:22 しかし聖書は、逆に、すべての人を罪の下に閉じ翔めました。それは約束が、イエス․キリストに対する信仰によって、信じる人々に与えられるためです。
[18] ガラ5:3 割礼を受けるすべての人に、私は再びあかしします。その人は律法の全体を行なう義務があります。
ガラ5:4 律法によって義と認められようとしているあなたがたは、キリストから離れ、恵みから落ちてしまったのです。
ガラ5:5 私たちは、信仰により、御霊によって、義をいただく望みを熱心に抱いているのです。
ガラ5:6 キリスト․イエスにあっては、割礼を受ける受けないは大事なことではなく、愛によって働く信仰だけが大事なのです。
ガラ5:7 あなたがたはよく走っていたのに、だれがあなたがたを妨げて、真理に従わなくさせたのですか。
ガラ5:8 そのような勧めは、あなたがたを召してくださった方から出たものではありません。
ガラ5:9 わずかのパン種が、こねた粉の全体を発酵させるのです。
[19] コロ2:16 こういうわけですから、食べ物と飲み物について、あるいは、祭りや新月や安息日のことについて、だれにもあなたがたを批評させてはなりません。
コロ2:17 これらは、次に來るものの影であって、本体はキリストにあるのです。
[20] コロ2:20 もしあなたがたが、キリストとともに死んで、この世の幼稚な教えから離れたのなら、どうして、まだこの世の生き方をしているかのように、
コロ2:21 「すがるな。味わうな。さわるな。」というような定めに縛られるのですか。
コロ2:22 そのようなものはすべて、用いれば滅びるものについてであって、人間の戒めと教えによるものです。
コロ2:23 そのようなものは、人間の好き勝手な礼拝とか、謙遜とか、または、肉体の苦行などのゆえに賢いもののように見えますが、肉のほしいままな欲望に対しては、何のききめもないのです。
[21] イザ1:11 「あなたがたの多くのいけにえは、わたしに何になろう。」と、主は仰せられる。「わたしは、雄羊の全焼のいけにえや、肥えた家畜の脂肪に飽きた。雄牛、子羊、雄やぎの血も喜ばない。
イザ1:12 あなたがたは、わたしに会いに出て來るが、だれが、わたしの庭を踏みつけよ、とあなたがたに求めたのか。
イザ1:13 もう、むなしいささげ物を携えて來るな。香の煙―それもわたしの忌みきらうもの。新月の祭りと安息日―会合の召集、不義と、きよめの集会、これにわたしは耐えられない。
[22] エゼ33:24 「人の子よ。イスラエルの地のこの廃墟に住む者たちは、『アブラハムはひとりでこの地を所有していた。私たちは多いのに、この地を所有するように与えられている。』と言っている。
エゼ33:25 それゆえ、彼らに言え。神である主はこう仰せられる。あなたがたは血がついたままで食べ、自分たちの偶像を仰ぎ見、血を流しているのに、この地を所有しようとするのか。
エゼ33:26 あなたがたは自分の剣に拠り頼み、忌みきらうべきことをし、おのおの隣人の妻を汚していながら、この地を所有しようとするのか。
[23] エレ7:8 なんと、あなたがたは、役にも立たない偽りのことばにたよっている。
エレ7:9 しかも、あなたがたは盗み、殺し、姦通し、偽って誓い、バアルのためにいけにえを焼き、あなたがたの知らなかったほかの神神に従っている。
エレ7:10 それなのに、あなたがたは、わたしの名がつけられているこの家のわたしの前にやって來て立ち、『私たちは救われている。』と言う。それは、このようなすべての忌みきらうべきことをするためか。
エレ7:11 わたしの名がつけられているこの家は、あなたがたの目には強盗の巣と見えたのか。そうだ。わたしにも、そう見えていた。―主の御告げ。―
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