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3 存在のお召し

84 アザゼルに犯罪への意志を送り返します3

by aparke 2025. 7. 15.

3

十字架してのみ被造物自由意志完成されます

 

 がごになる時、アダムはすでにんだでした[1]がアダムをその時裁かれたなら、アダムはんだでしょう。はアダムにってめるえられました[2]。そのがサタンのわしでした。

 の果してアダムのされたらかになりました。アダムはぬことをりながらエバを選びました。もちろんアダムはなのでしょうかよくからなかったでしょう。アダムはがどのような結果をもたらすのかよくからなかったでしょう[3]

 耐えられる試みだけを許されます[4]。もしアダムがとうとしていたら、アダムはつことができたでしょう[5]。しかし、アダムがサタンの惑わしに勝ったとしても、アダムの自由意志完成されなかったはずです。アダムが公義まともに知らなかったはずだからです[6]。被造界にまだ十字架っていないからです[7]十字架して公義証明されます[8]

 もしアダムがサタンのわしにつはずだったとすれば、創造完成されるために方法創世前にあらかじめめられたはずです。とは方法公義被造物たちに証明されることを創世前あらかじめ定められたでしょう。そしてアダムの自由意志しみなく完成されることができたでしょう。御使いたちはヘレルの惑わしに打ちました。御使いたちの自由意志しみなく完成されます[9]によるしみは、自分ぶことです[10]

 (あるいは、犯罪しないアダムのわりに、犯罪する被造物をアダムの置かれたでしょう。そして創造過程成されたでしょう。)

 サタンはエバを使ってアダムをしました。アダムの犯罪によって呪われました[11]。肉体です[12]肉体呪われました。今肉体ではとアザミが出てきます[13]。今肉体では肉の欲望出てきます[14]アダムはめを守るのがもっと難しくなりました[15]サタンはアダムを罪の奴隷にしました。、アダムはサタンにします[16]。アダムは肉体るためにサタンに服従します[17]サタンはアダムを使って地圧制します[18]

 サタンの成功したようにえました。しかし、主イエスはアダムに主イエス覆われます主イエスで、聖霊神様がお臨みになります[19]。聖霊神様して、アダムはめをります[20]われた肉体ても、アダムはめを守ります[21]。聖霊神様して、戒めの真実はより強烈れます。

 被造物にはがありません。被造物自分隣人することができません[22]被造物隣人するためには、被造物から愛を受けなければなりません[23]は、十字架して被造物えられます[24]

 被造物自らのではでまでめをることができません[25]みだけで[26]被造物でまでめをることができます[27]被造物みを拒まなければ[28]被造物十分めをることができます[29]はそのような構造被造物させていらっしゃいます[30]

 しかし、被造物自由意志をくだされました。したがって、被造物はいくらでもみをむことができます[31]被造物はいくらでもめをることができます。

 めはだけでることができるのです[32]。ですから、るまで、被造物自由意志完成されません。るまで、被造物には依然として犯罪可能性っています。十字架して、被造物るようになります。十字架して、被造物から犯罪可能性消滅されます。したがって、十字架して創造完成されます[33]

 創造められるに、創造完成されることをまずあらかじめ定められました[34]創造められるに、被造界十字架てられることをまずあらかじめ定められました[35]はヘレルとアダムの犯罪あらかじめご存じでいらっしゃいました。はヘレルとアダムの犯罪通して被造界十字架てられることをまずあらかじめ定められました。その創造始められました

 十字架被造物のためにすべてをてられます。被造物十字架して見ます。被造物十字架してするようになります[36]する被造物めをります。しかし、てもさない被造物がいます。てもみを拒む被造物がいます[37]らは戒めの真実証明された火の池まれます[38]

 耐えられる試みだけを許されます。十字架てられるにも、被造物めをることができます。ただでまでれないだけです[39]犯罪すようにさせるではありません[40]。もしめがることができないものであれば、被造物はすべてぬでしょう[41]隣人みにじる被造物火の池やされるからです。戒めが守ることができないことという意味は、神が被造物を燃やされて殺すために被造物を創造されたという意味です[42]

 被造物自由意志をくだされました。被造物犯罪するしかない状況かれません[43]被造物犯罪することが不可能状況かれません。犯罪するかどうかは、被造物選びます。被造物じて、被造物裁かれます。

 自分ぶのです[44]。ですから、らが自分する責任わなければなりません[45]たちはわれた肉体ています。しかし、たちが霊神様している[46]たちは十分めをることができます[47]たちが隣人しているならば、たちは霊的るでしょう。霊的な体では肉の欲望が出てきません。もしたちが霊的な体着るならば[48]たちはして犯罪しないでしょう[49]

 肉体さによる被造物うのではありません[50]自分意志支配からそうとするうのです。まだ被造物自由意志完成されていません。したがって、被造物さながあるかもしれません[51]。しかし、被造物めようとしなければ、その解決する方法がありません[52]

 肉体弱さめることができます[53]。しかし、しようとする意志固執するめは不可能です[54]私たちれることができます。しかし、たちがめたいならば[55]たちにめるみをがれます[56]。しかし、たちがたちのになろうとするならば[57]たちはたちのとしてえることはできません[58]たちが拒んだ場合[59]たちにめのみをえられません[60]

 はアダムをして公義証明されるためにアダムを創造されました。被造物自由意志完成されるためにアダムを創造されました[61]。「アダムがの果試みったとしたら、戒めの真実完全証明されたのでしょうか?」「アダムがサタンの惑わしに勝ったならば、御使いたちの自由意志がすぐに完成されたのでしょうか?」このような疑問があるかもしれません。

 えはこうです。被造物自由意志は、十字架してのみ完成されます。十字架してのみ公義証明されるからです。御使いたちの自由意志十字架して完成されます[62]

 を通して被造物を捕まえます[63]つとちます。めをればちます。つと復活変化します[64]復活変化したという意味めをったという意味です。したがって、アダムの復活変化によって戒めの真実証明されます。教証人たちの復活変化によって戒めの真実証明されます[65]復活変化する教証人をすでにめられています[66]

 被造物公義完全確認するためには、戒めの真実証明されなければなりません。戒めが守れないものであるならば、戒めを守れと命じられる神と公義も、りであるからです。しかし戒めの真実だけが証明されたからといって、被造物自由意志完成されるわけではありません。

 被造物自由意志完成される理由は、被造物公義るからです。被造物戒めの真実確認しなければならない理由は、戒めの真実公義証明するからです。被造物自由意志完成するのです。戒めの真実被造物くだけです。

 たちはちます。たちはめをります。たちがめを理由は、たちがするからです[67]たちが愛す理由は、たちをしているからです[68]たちが理由は、たちをしているからです。たちは主イエス十字架して悟りました[69]

 たちにつようにします。十字架たちに復活変化するようにします。十字架たちの自由意志完成します。アダムがの果の試み勝ったからといって、被造物自由意志完成されるわけではありません。戒めの真実証明されたからといって、被造物自由意志完成されるわけではありません。被造物自由意志を完成するのはです。被造物自由意志を完成するのは十字架です。戒めの真実は、十字架して証明された公義真実であるというをもう一度確認させるだけです。

 したがって、被造物自由意志完成されるためには、十字架いにずる証明がなされなければなりません。アダムがの果の試みったとしても、すぐに御使いたちの自由意志完成されることはなかったでしょう。アダムがの果の試みったとしても、御使いたちは公義確認しなければならなかったでしょう。しかし、アダムがの果の試みったならば、アダムの自由意志しみなく完成されることができたはずです。ヘレルの惑わしに勝った御使いたちの自由意志苦しみなく完成されます。

 アダムはよりもエバをしていました。アダムは偶像礼拝者でした。そのれなかっただけです。しかし、がアダムをちに殺してしまう[70]御使いたちが誤解する可能性があります。被造物ることができないめを被造物守れと強制されると御使いたちが誤解することがあります。御使いたちがサタンの真実勘違いするようになることもあります[71]。神が被造物を殺そうと被造物に戒めを守れと制されることで御使いたちが誤解するようになるかもしれません[72]それに、なる御使いたちも犯罪可能性いています。

 自由意志犯罪可能性です[73]自由意志をいただいた被造物犯罪可能性いただいたのです。犯罪すれば死にます。したがって、自由意志完成されるまで、被造物ぬことができます。被造物創造されたのです。

 してだけからすことができます[74]はそのような構造被造界させていらっしゃいます。したがって、被造物のために十字架ですべてをてられます。自由意志が、全部であるのです。

 すべての御使いたちと人間は、ぶことができる可能性んだままられました。被造物が犯罪するかどうかを選ぶことができるように神が許されました。したがって、被造物犯罪する可能性があります[75]可能性が1%でもあれば、いつかは犯罪します。さらに、被造物犯罪する可能性はそれほど少なくありません[76]しかし、被造物犯罪するに、被造物自由意志完成されます被造物えることができる試みだけを許されます。

 がもし被造物を犯罪できないようにされるならば、被造物に自由意志をくださったのではありません。神がもし被造物を犯罪するしかないようにされるならば、被造物に自由意志をくださったのではありません。自由意志をいただいたという意味は、犯罪しようとする時に犯罪することができなければならないという意味です。自由意志をいただいたという意味は、犯罪しようとしない時に犯罪しないことができなければならないという意味です[77]。自由意志をいただいた被造物はいつかは犯罪します。ですから、被造物犯罪するに、被造物自由意志完成されます

 のみ、被造物愛します[78]。神するのみ、被造物犯罪への意志捨てます[79]。被造物犯罪への意志っている場合被造物裁きを通過できません。被造物創造されるやいなや直ちに裁かれるなたば、被造物はすべて死ぬことになるでしょう。その意味は、被造物殺されるために被造物に自由意志をくださったという意味です。しかし、は裁きを一番最後に延ばされます[80]

 自由意志をいただいた被造物は、の愛を知ってこそ神を愛します。したがって、十字架して証明されます。十字架で、被造物選びます。十字架のために、被造物することをぶことができます。

 サタンは証明される犯罪しました。サタンは主イエス十字架背負われる前犯罪しました。それならサタンは無罪ですか。

 耐えられる試みだけを被造物許されます。ヘレルがもし犯罪しなかったならば、はヘレルの自由意志も完成されてくださったでしょう。ヘレルがもし犯罪しないであろうとしたら、とはなる過程創造完成されることを創世まずあらかじめ定められたでしょう。あるいは、犯罪しないヘレルのわりに、犯罪する被造物をヘレルの置かれたでしょう。くの御使いたちがヘレルの惑わしに打ちました。ヘレルも、堕落しないことができたはずです。

 ヘレルがもしめることだったとすれば、はヘレルを贖われることを創世前まずあらかじめ定められたでしょう。それなら創造過程わったでしょう。サタンがもし十字架れることだったら、はサタンも悔い改めさせられたでしょう[81]それなら、十字架がサタンを犯罪しない完成したでしょう[82]。それなら創造過程わったでしょう。

 しかし、ヘレルはからるにはあまりにも強力真理けたようです。ヘレルは自分意志をすべて発揮して犯罪することをんだようです[83]。サタンは十字架強力てもめようとしません。サタンは最後までめようとしません[84]。それなら、ヘレルはきっと自由意志確定させることができるほどの強力真理けたはずです[85]。アダムも強力真理けた堕落するとめることができません[86]

 真理を悟った後に堕落すれば、悔い改めが不可能になることもあります。しかし、真理を悟らなくてもめることは不可能です[87]があれば惑わされます[88]。惑わされる真理ることができません[89]真理らなければ悔い改めることができません[90]。悔めなければ火の池投げまれます[91]。欲固執すると火の池投げまれます。

 もしサタンがめれば、から突然犯罪えるでしょう[92]。もしサタンがめるなら、サタンは聖徒たちをさないでしょう[93](サタンはめても、堕落した御使いたちはめないかもしれません。ですからかではありません。)サタンが聖徒たちをさなければ、証人の定められた数が満ちません[94]証人の定められたちなければ1の復活が起こりません[95]1の復活こらなければ、戒めの真実証明されません[96]

 戒めの真実証明されなければ、めは裁きの基準としててられることができません[97]戒めの真実さが証明されなければ、被造物の自由意志が完成されることができません。戒めの真実さが証明されなければ、創造が完成されることができません。今のような創造の過程でサタンがもし悔い改めれば、創造は完成されることができません。もしそうなら、創造の過程は変わったでしょう。もしそうなら、神様は創世前に今とは違う創造の過程をあらかじめ定められて創造を始められたはずです。

 アダムは犯罪しました。呪われました。肉体呪われました[98]アダムは罪の奴隷になりました。この御言葉を、サタンが肉体から直接肉の欲望こすと見方があり得ます。この御言葉を、肉の欲望をサタンが利用すると見方があり得ます

 もしサタンがアダムの肉体から直接肉の欲望こすのなら、サタンがなければ肉の欲望出ないでしょう。もしサタンがただ肉の欲望利用するだけであれば、サタンがいなくても欲望依然として出てくるでしょう。地いがけないり、肉の欲望依然として出てくるでしょう。

 1000年王ではいもなく、犯罪もありません。肉の欲望がないので、たちも互いをつけません[99]。その理由が、サタンがないからだという見方があり得ます。その理由が、いがけたからだという見方があり得ます。とにかく、1000年王ではサタンもなく[100]いもありません[101]

 サタンが直接肉欲望こすことであれ、さもなければサタンがただ欲望利用することであれ、アダムはらのだけではサタンにつことはできません[102]。また、サタンが惑わさなければ、アダムはらのだけでは犯罪することができません。

 サタンがなくなれば、肉の欲望もなくなるという見方があり得ます肉の欲望自体がなくなるという見方です。サタンがなくなれば、肉の欲望犯罪発展できないという見方があり得ます肉の欲望はあるが犯罪はしないという見方です。とにかくは、アダムが自分犯罪めることができないとじています。アダムがその程度真理けてはいないとじています[103]

 もしアダムが犯罪めることができるほどの真理けた犯罪すれば、アダムはめるのがしいでしょう[104]真理ったにわざわざ犯罪するには、自分意志をほとんど発揮しなければなりません。真理った自分ぶには、自分意志をほとんど発揮しなければなりません。自分意志をほとんど発揮してすれば、えるのがしいでしょう[105]自分意志をほとんど発揮して犯罪すれば、めるのはしいでしょう[106]

 ヘレルが犯罪した、ヘレルにめのがあったかもしれません。しかし、主イエス十字架にかけられた頃には、サタンはすでにめることができない状態になっていました[107]十字架ても[108]、サタンは悔い改めません[109]したがって、サタンは自分自由意志最後確定します[110]十字架の光ほど力な光はありません[111]十字架は、十字架さえも拒む犯罪者たちの裁きを最後確定します[112]

 もしヘレルが犯罪しなかったならば、はヘレルの自由意志完成してくださったでしょう。のような創造過程では、被造物十字架して公義悟ります。したがって、のような創造過程では、被造物自由意志十字架して完成されます。もしヘレルが犯罪しなかったならば、方法公義被造物たちにされたかもしれません。あるいは、犯罪しないヘレルではなく犯罪する被造物をヘレルの置かれたかもしれません。

 主イエス十字架がアダムだけのためのものであるという見方があり得ます[113]十字架御使いたちとは関係がないという見方があり得ます[114]たちは子供けたからそのえを推測することができます[115]。兄息子は、のためにてる見ます。兄息子悟ります。自分状況にあったとしても、きっと自分のためにも命を捨てたはずです[116]

 御使いたちのために公義証明されようと、被造物となられます[117]御使いたちのために戒めの真実証明されるために、はすべてをてられます[118]御使いたちのために十字架てられる御子御使いたちが見ます[119]。御使いたちのために十字架御子てられる御使いたちが見ます[120]。被造界永遠消滅させられようと[121]、ご自分のすべてをてられる御使いたちが見ます。ご自分のすべてで、被造物たちにご自分証明されるみを御使いたちが見ます[122]このような理解できないほど御使いたちがかだと思いますか。

 十字架いは直接的にはアダムのためであります。しかし、間接的には御使いたちのためのものでもあります[123]最後のアダムは十字架最初のアダムを贖われます。しかし、十字架いをしてサタンの暴露されます[124]十字架いをして御使いたちからへの疑い消滅されます[125]。十字架いをして御使いたちの自由意志完成されます[126]。それゆえ、御使いたちのためにアダムを贖われるなすこともできます。

 主イエスは、被造界完全消滅させられるために十字架を背負われます[127]御使いたちが犯罪することをあらかじめご存じでいらっしゃいました[128]はアダムを創造されることをあらかじめ定められました[129]はアダムをして御使いたちの自由意志完成されることをあらかじめ定められました[130]。たとえ十字架がアダムのだけをうとしても、その結果として御使いたちの自由意志完成されます[131]

 もし堕落した御使いたちが悔い改めることだったとすれば、神様は堕落した御使いたちも贖われてくださったでしょう。もし堕落した御使いたちにいが必要だったなら、創世前した御使いたちを贖われるようにまずあらかじめ定められ、その後創造められたでしょう。しかし、堕落した御使いたちはめないようです[132]。それなら堕落した御使いたちにはいが必要ないでしょう[133]。おそらく強力真理でわざと犯罪したからでしょう[134]

 被造物はまず神の愛を知ってこそ、その後になって初めて神を愛することができます[135]。被造物はまず神を愛してこそ、その後になって初めて戒めを守ることができます[136]。神はそのような構造被造界させていらっしゃいます。もしらないにもかかわらず、被造物することができれば[137]、それは被造物らのめをれるように創造されたという意味です。そうすれば、被造物らの永遠に生きることができるでしょう[138]

 それなら、被造物はわざわざ確認しなければならない必要はないでしょう。そうすれば、被造物のためにわざわざ十字架からすべてをてなければならない必要はないでしょう[139]。それなら、被造物にあまり価値がないでしょう。

 被造物に自由意志をくださったという意味は、被造物自由意志完成されることにあらかじめ定められたという意味です。被造物自由意志完成されることをあらかじめ定められたという意味は、被造物たちに公義証明されることをあらかじめ定められたという意味です[140]

 があらかじめごじのとおり、ヘレルとアダムは犯罪しました[141]があらかじめめられたとおり、十字架してヘレルにするきを確定され、アダムを贖われます[142]。神があらかじめめられたとおり、十字架して被造物自由意志完成されます[143]



[1] 3:17 あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。

  16:15 ―見よ。わたしは盗人のように來る。目をさまして、身に着物をつけ、裸で歩く恥を人に見られないようにする者は幸いである。―

  2:25 そのとき、人とその妻は、ふたりとも裸であったが、互いに恥ずかしいと思わなかった。

[2] エレ7:25 あなたがたの先祖がエジプトの国を出た日から今日まで、わたしはあなたがたに、わたしのしもべであるすべての預言者たちを、毎日朝早くから、たびたび送ったが、

 エレ7:26 彼らはわたしに聞かず、耳を傾けず、うなじのこわい者となって、先祖たちよりも悪くなった。

[3] ロマ5:12 そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がったのと同様に、瓦瓦それというのも全人類が罪を犯したからです。

[4] 1コリ10:13 あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。

[5] イザ48:18 あなたがわたしの命令に耳を傾けさえすれば、あなたのしあわせは川のように、あなたの正義は海の波のようになるであろうに。

[6] 1ヨハ3:1 私たちが神の子どもと呼ばれるために、―事実、いま私たちは神の子どもです。―御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。世が私たちを知らないのは、御父を知らないからです。

[7] ヨハネ12:31 今がこの世のさばきです。今、この世を支配する者は追い出されるのです。

 ヨハネ12:32 わたしが地上から上げられるなら、わたしはすべての人を自分のところに引き寄せます。」

[8] ロマ5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

[9] エフェ3:10 これは、今、天にある支配と権威とに対して、教会を通して、神の豊かな知恵が示されるためであって、

 エフェ3:11 私たちの主キリストイエスにおいて実現された神の永遠のご計画に沿ったことです。

[10] エレ2:19 あなたの悪が、あなたを懲らし、あなたの背信が、あなたを責める。だから、知り、見きわめよ。あなたが、あなたの神、主を捨てて、わたしを恐れないのは、どんなに悪く、苦苦しいことかを。―万軍の神、主の御告げ。―

[11] 3:17 また、アダムに仰せられた。「あなたが、妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない。

 創3:18 土地は、あなたのために、いばらとあざみを生えさせ、あなたは、野の草を食べなければならない。

[12] ルカ8:11 このたとえの意味はこうです。種は神のことばです。

 ルカ8:12 道ばたに落ちるとは、こういう人たちのことです。みことばを聞いたが、あとから悪魔が來て、彼らが信じて救われることのないように、その人たちの心から、みことばを持ち去ってしまうのです。

[13] ガラ5:17 なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。

[14] 4:7 あなたが正しく行なったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行なっていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである。」

[15] ロマ7:22 すなわち、私は、内なる人としては、神の律法を喜んでいるのに、

 ロマ7:23 私のからだの中には異なった律法があって、それが私の心の律法に対して戦いをいどみ、私を、からだの中にある罪の律法のとりこにしているのを見いだすのです。

 ロマ7:24 私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。

 ロマ7:25 私たちの主イエスキリストのゆえに、ただ神に感謝します。ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。

[16] エフェ2:1 あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、

 エフェ2:2 そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。

[17] ヘブ2:14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、

 ヘブ2:15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人人を解放してくださるためでした。

[18] ルカ4:5 また、悪魔はイエスを連れて行き、またたくまに世界の国国を全部見せて、

 ルカ4:6 こう言った。「この、国国のいっさいの権力と栄光とをあなたに差し上げましょう。それは私に任されているので、私がこれと思う人に差し上げるのです。

[19] 使徒2:38 そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス__キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。

[20] ガラ5:16 私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。

 ガラ5:17 なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。

 ガラ5:18 しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは律法の下にはいません。

[21] ロマ8:1 こういうわけで、今は、キリストイエスにある者が罪に定められることは決してありません。

 ロマ8:2 なぜなら、キリストイエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。

[22] ヨハネ15:4 わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。

[23] ロマ5:5 この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。

[24] 1ヨハ3:16 キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。

[25] ガラ2:21 私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、それこそキリストの死は無意味です。」

[26] ロマ3:23 すべての人は、罪を犯したので、神からの栄轝を受けることができず、

 ロマ3:24 ただ、神の恵みにより、キリストイエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。

[27] エフェ2:8 あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。

 エフェ2:9 行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。

[28] 1コリ15:10 ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。

[29] 1ヨハ5:3 神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。

[30] 使徒17:28 私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である。』と言ったとおりです。

[31] 2コリ6:1 私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。

[32] ヨハネ14:15 もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。

[33] 21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」

 黙21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」

[34] エフェ1:4 すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。

 エフェ1:5 神は、ただみこころのままに、私たちをイエスキリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。

[35] 13:8 地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、世の初めからその名の書きしるされていない者はみな、彼を拝むようになる。

[36] 1ヨハ4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

[37] ヨハネ12:48 わたしを拒み、わたしの言うことを受け入れない者には、その人をさばくものがあります。わたしが話したことばが、終わりの日にその人をさばくのです。

[38] 20:10 そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ翔まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。

[39] ヨブ1:8 主はサタンに仰せられた。「おまえはわたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている者はひとりも地上にはいないのだが。」

[40] ヤコ1:13 だれでも誘惑に会ったとき、神によって誘惑された、と言ってはいけません。神は悪に誘惑されることのない方であり、ご自分でだれを誘惑なさることもありません。

 ヤコ1:14 人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。

[41] 3:4 そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。

[42] ヨブ1:9 サタンは主に答えて言った。「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。

 ヨブ1:10 あなたは彼と、その家とそのすべての持ち物との回りに、垣を巡らしたではありませんか。あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地にふえ広がっています。

[43] 22:12 御使いは仰せられた。「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」

[44] 24:12 もしあなたが、「私たちはそのことを知らなかった。」と言っても、人の心を評価する方は、それを見抜いておられないだろうか。あなたのたましいを見守る方は、それを知らないだろうか。この方はおのおの、人の行ないに応じて報いないだろうか。

[45] ロマ14:12 こういうわけですから、私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。

[46] ガラ5:17 なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。

 ガラ5:18 しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは律法の下にはいません。

[47] 1ヨハ5:3 神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。

[48] 1コリ15:42 死者の复活もこれと同じです。朽ちるもので蒔かれ、朽ちないものによみがえらされ、

 1コリ15:43 卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえらされ、弱いもので蒔かれ、強いものによみがえらされ、

 1コリ15:44 血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。血肉のからだがあるのですから、御霊のからだもあるのです。

[49] ルカ20:35 次の世にはいるのにふさわしく、死人の中から复活するのにふさわしい、と認められる人たちは、めとることも、とつぐこともありません。

 ルカ20:36 彼らはもう死ぬことができないからです。彼らは御使いのようであり、また、复活の子として神の子どもだからです。

[50] サム上2:25 人がもし、ほかの人に対して罪を犯すと、神がその仲裁をしてくださる。だが、人が主に対して罪を犯したら、だれが、その者のために仲裁に立とうか。」しかし、彼らは父の言うことを聞こうとしなかった。彼らを殺すことが主のみこころであったからである。

[51] ヨブ25:5 ああ、神の目には月さえも輝きがなく、星もきよくない。

 ヨブ25:6 ましてうじである人間、虫けらの人の子はなおさらである。

[52] ホセ11:7 わたしの民はわたしに対する背信からどうしても離れない。人人が上にいます方に彼を招いても、彼は、共にあがめようとはしない。

[53] マタイ26:41 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」

[54] ヨハネ13:26 イエスは答えられた。「それはわたしがパン切れを浸して与える者です。」それからイエスは、パン切れを浸し、取って、イスカリテシモンの子ユダにお与えになった。

 ヨハネ13:27 彼がパン切れを受けると、そのとき、サタンが彼にはいった。そこで、イエスは彼に言われた。「あなたがしようとしていることを、今すぐしなさい。」

[55] 1ヨハ5:17 不正はみな罪ですが 、死に至らない罪があります。

 1ヨハ5:18 神によって生まれた者はだれも罪の中に生きないことを、私たちは知っています。神から生まれた方が彼を守っていてくださるので、悪い者は彼に触れることができないのです。

[56] 24:16 正しい者は七たび倒れても、また起き上がるからだ。悪者はつまずいて滅びる。

[57] 3:4 そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。

 創3:5 あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」

 創3:6 そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。

[58] マタイ13:15 この民の心は鈍くなり、その耳は遠く、目はつぶっているからである。それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟って立ち返り、わたしにいやされることのないためである。』

[59] ロマ1:28 また、彼らが神を知ろうとしたがらないので、神は彼らを良くない思いに引き渡され、そのため彼らは、してはならないことをするようになりました。

[60] 2テサ2:10 また、滅びる人たちに対するあらゆる悪の欺きが行なわれます。なぜなら、彼らは救われるために真理への愛を受け入れなかったからです。

 2テサ2:11 それゆえ神は、彼らが偽りを信じるように、惑わす力を送り込まれます。

 2テサ2:12 それは、真理を信じないで、悪を喜んでいたすべての者が、さばかれるためです。

[61] 1:26 そして神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。

  2コリ4:4 そのばあい、この世の神が不信者の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしているのです。

[62] コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

[63] ロマ6:23 罪から來る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリストイエスにある永遠のいのちです。

[64] 1コリ15:54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。

 1コリ15:55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」

 1コリ15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。

[65] 12:10 そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。

 黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

[66] 6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。

 黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の复讐をなさらないのですか。」

 黙6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。

[67] ヨハネ14:15 もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。

[68] 1ヨハ4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

 1ヨハ4:11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

[69] ロマ5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

[70] ヨブ1:9 サタンは主に答えて言った。「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。

 ヨブ1:10 あなたは彼と、その家とそのすべての持ち物との回りに、垣を巡らしたではありませんか。あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地にふえ広がっています。

 ヨブ1:11 しかし、あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。」

[71] ヨハネ8:44 あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。

[72] 1ヨハ5:3 神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。

[73] ヨシュ24:15 もしも主に仕えることがあなたがたの気に入らないなら、川の向こうにいたあなたがたの先祖たちが仕えた神神でも、今あなたがたが住んでいる地のエモリ人の神神でも、あなたがたが仕えようと思うものを、どれでも、きょう選ぶがよい。私と私の家とは、主に仕える。」

[74] 8:6 私を封印のようにあなたの心臓の上に、封印のようにあなたの腕につけてください。愛は死のように強く、ねたみはよみのように激しいからです。その炎は火の炎、すさまじい炎です。

 雅8:7 大水もその愛を消すことができません。洪水も押し流すことができません。もし、人が愛を得ようとして、自分の財産をことごとく与えても、ただのさげすみしか得られません。

[75] マタイ13:15 この民の心は鈍くなり、その耳は遠く、目はつぶっているからである。それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟って立ち返り、わたしにいやされることのないためである。』

[76] 3:4 そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。

 創3:5 あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」

[77] エゼ33:12 人の子よ。あなたの民の者たちに言え。正しい人の正しさも、彼がそむきの罪を犯したら、それは彼を救うことはできない。悪者の悪も、彼がその悪から立ち返るとき、その悪は彼を倒すことはできない。正しい人でも、罪を犯すとき、彼は自分の正しさによって生きることはできない。

[78] 1ヨハ4:19 私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。

[79] 2コリ5:14 というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。私たちはこう考えました。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのです。

 2コリ5:15 また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。

[80] ヨハネ12:48 わたしを拒み、わたしの言うことを受け入れない者には、その人をさばくものがあります。わたしが話したことばが、終わりの日にその人をさばくのです。

[81] サム下18:33 すると王は身震いして、門の屋上に上り、そこで泣いた。彼は泣きながら、こう言い続けた。「わが子アブシャロム。わが子よ。わが子アブシャロム。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。アブシャロム。わが子よ。わが子よ。」

[82] 1ヨハ3:1 私たちが神の子どもと呼ばれるために、―事実、いま私たちは神の子どもです。―御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。世が私たちを知らないのは、御父を知らないからです。

[83] 2ペト2:4 神は、罪を犯した御使いたちを、容赦せず、地獄(タルタロウ)に引き渡し、さばきの時まで暗やみの穴の中に閉じ込めてしまわれました。

[84] 20:7 しかし千年の終わりに、サタンはその牢から解き放され、

 黙20:8 地の四方にある諸国の民、すなわち、ゴグとマゴグを惑わすために出て行き、戦いのために彼らを召集する。彼らの数は海べの砂のようである。

[85] エゼ28:12 「人の子よ。ツロの王について哀歌を唱えて、彼に言え。神である主はこう仰せられる。あなたは全きものの典型であった。知恵に満ち、美の極みであった。

[86] ヘブ6:4 一度光を受けて天からの賜物の味を知り、聖霊にあずかる者となり、

 ヘブ6:5 神のすばらしいみことばと、後にやがて來る世の力とを味わったうえで、

 ヘブ6:6 しかも堕落してしまうならば、そういう人人をもう一度悔い改めに立ち返らせることはできません。彼らは、自分で神の子をもう一度十字架にかけて、恥辱を与える人たちだからです。

[87] 2コリ4:4 そのばあい、この世の神が不信者の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしているのです。

[88] ヤコ1:13 だれでも誘惑に会ったとき、神によって誘惑された、と言ってはいけません。神は悪に誘惑されることのない方であり、ご自分でだれを誘惑なさることもありません。

 ヤコ1:14 人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。

 ヤコ1:15 欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。

[89] 49:20 人はその栄華の中にあっても、悟りがなければ、滅びうせる獣に等しい。

[90] ホセ4:6 わたしの民は知識がないので滅ぼされる。あなたが知識を退けたので、わたしはあなたを退けて、わたしの祭司としない。あなたは神のおしえを忘れたので、わたしもまた、あなたの子らを忘れよう。

[91] 2テサ2:10 また、滅びる人たちに対するあらゆる悪の欺きが行なわれます。なぜなら、彼らは救われるために真理への愛を受け入れなかったからです。

 2テサ2:11 それゆえ神は、彼らが偽りを信じるように、惑わす力を送り込まれます。

 2テサ2:12 それは、真理を信じないで、悪を喜んでいたすべての者が、さばかれるためです。

[92] イザ65:25 狼と子羊は共に草をはみ、獅子は牛のように、わらを食べ、蛇は、ちりをその食べ物とし、わたしの聖なる山のどこにおいても、そこなわれることなく、滅ぼされることもない。」と主は仰せられる。

  20:7 しかし千年の終わりに、サタンはその牢から解き放され、

 黙20:8 地の四方にある諸国の民、すなわち、ゴグとマゴグを惑わすために出て行き、戦いのために彼らを召集する。彼らの数は海べの砂のようである。

[93] 12:10 そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。

 黙12:11 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

[94] 6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。

 黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の复讐をなさらないのですか。」

 黙6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。

[95] 1ペト1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人人を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。

 1ペト1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエスキリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。

[96] 1コリ15:54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。

 1コリ15:55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」

 1コリ15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。

[97] 11:15 第七の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、天に大きな声 が起こって言った。「この世の国は私たちの主およびそのキリストのものとなった。主は永遠に支配される。」

[98] 3:17 また、アダムに仰せられた。「あなたが、妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない。

 創3:18 土地は、あなたのために、いばらとあざみを生えさせ、あなたは、野の草を食べなければならない。

[99] イザ11:6 狼は子羊とともに宿り、ひょうは子やぎとともに伏し、子牛、若獅子、肥えた家畜が共にいて、小さい子どもがこれを追っていく。

 イザ11:7 雌牛と熊とは共に草を食べ、その子らは共に伏し、獅子も牛のようにわらを食う。

 イザ11:8 乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、乳離れした子はまむしの子に手を伸べる。

 イザ11:9 わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、そこなわない。主を知ることが、海をおおう水のように、地を満たすからである。

[100] 20:2 彼は、悪魔でありサタンである竜、あの古い蛇を捕え、これを千年の間縛って、

 黙20:3 底知れぬ所に投げ翔んで、そこを閉じ、その上に封印して、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。サタンは、そのあとでしばらくの間、解き放されなければならない。

[101] 22:3 もはや、のろわれるものは何もない。神と小羊との御座が都の中にあって、そのしもべたちは神に仕え、

[102] コヘ7:20 この地上には、善を行ない、罪を犯さない正しい人はひとりもいないから。

[103] 3:1 さて、神である主が造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾であった。蛇は女に言った。「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか。」

 創3:2 女は蛇に言った。「私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。

 創3:3 しかし、園の中央にある木の実について、神は、『あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ。』と仰せになりました。」

[104] ヘブ10:26 もし私たちが、真理の知識を受けて後、ことさらに罪を犯し続けるならば、罪のためのいけにえは、もはや残されていません。

 ヘブ10:27 ただ、さばきと、逆らう人たちを焼き尽くす激しい火とを、恐れながら待つよりほかはないのです。

[105] 35:20 もし、人が憎しみをもって人を突くか、あるいは悪意をもって人に物を投げつけて死なせるなら、

 民35:21 あるいは、敵意をもって人を手で打って死なせるなら、その打った者は必ず殺されなければならない。彼は殺人者である。その血の复讐をする者は、彼と出会ったときに、その殺人者を殺してもよい。

[106] 21:14 しかし、人が、ほしいままに隣人を襲い、策略をめぐらして殺した場合、この者を、わたしの祭壇のところからでも連れ出して殺さなければならない。

[107] ヨハネ19:10 そこで、ピラトはイエスに言った。「あなたは私に話さないのですか。私にはあなたを釈放する権威があり、また十字架につける権威があることを、知らないのですか。」

 ヨハネ19:11 イエスは答えられた。「もしそれが上から与えられているのでなかったら、あなたにはわたしに対して何の権威もありません。ですから、わたしをあなたに渡した者に、もっと大きい罪があるのです。」

[108] ヘブ10:28 だれでもモ-セの律法を無視する者は、二、三の証人のことばに基づいて、あわれみを受けることなく死刑に処せられます。

 ヘブ10:29 まして、神の御子を踏みつけ、自分を聖なるものとした契約の血を汚れたものとみなし、恵みの御霊を侮る者は、どんなに重い処罰に値するか、考えてみなさい。

[109] ヨハネ15:22 もしわたしが來て彼らに話さなかったら、彼らに罪はなかったでしょう。しかし今では、その罪について弁解の余地はありません。

 ヨハネ15:23 わたしを憎んでいる者は、わたしの父をも憎んでいるのです。

 ヨハネ15:24 もしわたしが、ほかのだれも行なったことのないわざを、彼らの間で行なわなかったのなら、彼らには罪がなかったでしょう。しかし今、彼らはわたしをも、わたしの父をも見て、そのうえで憎んだのです。

  1ヨハ4:3 イエスを告白しない霊はどれ一つとして神から出たものではありません。それは反キリストの霊です。あなたがたはそれが來ることを聞いていたのですが、今それが世に來ているのです。

[110] ヨハネ12:31 今がこの世のさばきです。今、この世を支配する者は追い出されるのです。

 ヨハネ12:32 わたしが地上から上げられるなら、わたしはすべての人を自分のところに引き寄せます。」

  ヨハネ16:11 さばきについてとは、この世を支配する者がさばかれたからです。

[111] マタイ4:15 「ゼブルンの地とナフタリの地、湖に向かう道、ヨルダンの向こう岸、異邦人のガリラヤ。

 マタイ4:16 暗やみの中にすわっていた民は偉大な光を見、死の地と死の陰にすわっていた人人に、光が上った。」

[112] ルカ20:13 ぶどう園の主人は言った。『どうしたものか。よし、愛する息子を送ろう。彼らも、この子はたぶん敬ってくれるだろう。』

 ルカ20:14 ところが、農夫たちはその息子を見て、議論しながら言った。『あれはあと取りだ。あれを殺そうではないか。そうすれば、財産はこちらのものだ。』

 ルカ20:15 そして、彼をぶどう園の外に追い出して、殺してしまった。こうなると、ぶどう園の主人は、どうするでしょう。

[113] コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

[114] エフェ1:9 みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、神が御子においてあらかじめお立てになったご計画によることであって、

 エフェ1:10 時がついに満ちて、この時のためのみこころが実行に移され、天にあるものも地にあるものも、いっさいのものが、キリストにあって一つに集められることなのです。このキリストにあって、

[115] ヘブ12:9 さらにまた、私たちには肉の父がいて、私たちを懲らしめたのですが、しかも私たちは彼らを敬ったのであれば、なおさらのこと、私たちはすべての霊の父に服従して生きるべきではないでしょうか。

[116] ロマ5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

[117] フィリ2:5 あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリストイエスのうちにも見られるものです。

 フィリ2:6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、

 フィリ2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。

 フィリ2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。

[118] ヨハネ12:50 わたしは、父の命令が永遠のいのちであることを知っています。それゆえ、わたしが話していることは、父がわたしに言われたとおりを、そのままに話しているのです。」

[119] ヨハネ10:17 わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ、父はわたしを愛してくださいます。

 ヨハネ10:18 だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父ら受けたのです。」

[120] 22:7 やがてイサクは父アブラハムに言った、「父よ」。彼は答えた、「子よ、わたしはここにいます」。イサクは言った、「火とたきぎとはありますが、燔祭の小羊はどこにありますか」。

[121] 1コリ15:25 キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。

 1コリ15:26 最後の敵である死も滅ぼされます。

[122] 1ヨハ3:1 私たちが神の子どもと呼ばれるために、―事実、いま私たちは神の子どもです。―御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。世が私たちを知らないのは、御父を知らないからです。

[123] コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

[124] 3:4 そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。

 創3:5 あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」

[125] 1ヨハ4:9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

[126] ヨブ1:9 サタンは主に答えて言った。「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。

 ヨブ1:10 あなたは彼と、その家とそのすべての持ち物との回りに、垣を巡らしたではありませんか。あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地にふえ広がっています。

 ヨブ1:11 しかし、あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。」

 ヨブ1:12 主はサタンに仰せられた。「では、彼のすべての持ち物をおまえの手に任せよう。ただ彼の身に手を伸ばしてはならない。」そこで、サタンは主の前から出て行った。

[127] 1ヨハ3:4 罪を犯している者はみな、不法を行なっているのです。罪とは律法に逆らうことなのです。

 1ヨハ3:5 キリストが現われたのは罪を取り除くためであったことを、あなたがたは知っています。キリストには何の罪もありません。

[128] ユダ1:6 また、主は、自分の領域(アルケ始め)を守らず、自分のおるべき所を捨てた御使いたちを、大いなる日のさばきのために、永遠の束縛をもって、暗やみの下に閉じ込められました。

[129] 1:26 そして神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。

  エフェ2:2 そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。

[130] エフェ3:9 また、万物を創造された神の中に世世隠されていた奥義を実行に移す務めが何であるかを明らかにするためにほかなりません。

 エフェ3:10 これは、今、天にある支配と権威とに対して、教会を通して、神の豊かな知恵が示されるためであって、

 エフェ3:11 私たちの主キリストイエスにおいて実現された神の永遠のご計画に沿ったことです。

[131] コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

[132] ヤコ2:19 あなたは、神はおひとりだと信じています。りっぱなことです。ですが、悪霊どももそう信じて、身震いしています。

[133] 2ペト2:4 神は、罪を犯した御使いたちを、容赦せず、地獄(タルタロウ)に引き渡し、さばきの時まで暗やみの穴の中に閉じ込めてしまわれました。

[134] 3:10 彼は答えた。「私は園で、あなたの声を聞きました。それで私は裸なので、恐れて、隠れました。」

 創3:11 すると、仰せになった。「あなたが裸であるのを、だれがあなたに教えたのか。あなたは、食べてはならない、と命じておいた木から食べたのか。」

[135] 1ヨハ4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

 1ヨハ4:11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

[136] ヨハネ14:15 もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。

[137] 1ヨハ4:19 私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。

[138] ヨハネ12:50 わたしは、父の命令が永遠のいのちであることを知っています。それゆえ、わたしが話していることは、父がわたしに言われたとおりを、そのままに話しているのです。」

[139] エフェ2:8 あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。

 エフェ2:9 行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。

[140] ロマ5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

[141] 13:8 地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、世の初めからその名の書きしるされていない者はみな、彼を拝むようになる。

  3:15 わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。」

[142] 1ヨハ4:9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

[143] コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。