黙5:1 また、私は、御座にすわっておられる方の右の手に巻き物があるのを見た。それは内側にも外側にも文字が書きしるされ、七つの封印で封じられていた。
黙5:2 また私は、ひとりの強い御使いが、大声でふれ広めて、「巻き物を開いて、封印を解くのにふさわしい者はだれか。」と言っているのを見た。
黙5:3 しかし、天にも、地にも、地の下にも、だれひとりその巻き物を開くことのできる者はなく、見ることのできる者もいなかった。
エレ32:8 すると、主のことばのとおり、おじの子ハナムエルが私のところ、監視の庭に來て、私に言った。『どうか、ベニヤミンの地のアナトテにある私の畑を買ってください。あなたには所有権もあり、買い戻す権利もありますから、あなたが買い取ってください。』私は、それが主のことばであると知った。
エレ32:9 そこで私は、おじの子ハナムエルから、アナトテにある畑を買い取り、彼に銀十七シェケルを払った。
エレ32:10 すなわち、証書に署名し、それに封印し、証人を立て、はかりで銀を量り、
エレ32:11 命令と規則に従って、封印された購入証書と、封印のない証書を取り、
エレ32:12 おじの子ハナムエルと、購入証書に署名した証人たちと、監視の庭に座しているすべてのユダヤ人の前で、購入証書をマフセヤの子ネリヤの子バルクに渡し、
エレ32:13 彼らの前で、バルクに命じて言った。
エレ32:14 『イスラエルの神、万軍の主は、こう仰せられる。これらの証書、すなわち封印されたこの購入証書と、封印のない証書を取って、土の器の中に入れ、これを長い間、保存せよ。
エレ32:15 まことに、イスラエルの神、万軍の主は、こう仰せられる。再びこの国で、家や、畑や、ぶどう畑が買われるようになるのだ。』と。」
内側にも外側にも文字が書かれた巻き物には通常災害と[1]裁きが[2]書かれています。7つの封印で封じられたこの巻き物にもやはり7つのラッパの患難と7つの鉢の災害が入っています。この巻き物に書かれた内容が成就する過程で、患難と災害が降り注ぐことになるという意味のようです。
イスラエルは犯罪しました。イスラエルはまもなくバビロンによって滅ぼされます。エレミヤがもうすぐ滅びる国の土地を買います。エレミヤがいとこの土地を買い戻します。近親者が失った土地をエレミヤが買い戻します[3]。アダムが失った地を神様が買い戻してくださいます。
7つの封印で封じられている巻き物があります。誰もその封印を解くことはできません。誰もその巻き物を開くことはできません。神様もその巻き物を開かれません。もし神様がその巻き物を開けば、すべての被造物は皆死にます。もし神様が力でその封印を解けば、すべての御使いたちと人間たちはみな死にます。神様の公義が壊れるようになるからです。
神様が力でその封印を解かれる瞬間、被造物の自由意志はもはや神様に近づくことができません。自由意志をいただいた被造物は、もはや神様に服従することはできません。しかし、そのようなことが発生するのは根本的に不可能です。神様が公義でなければ、創造は最初から始まることさえできません。その巻き物を開くには、神様の公義を通過しなければなりません。神様が認められた者だけがその封印を解くことができます。
神様は地でアダムを造られました。神様はアダムに地を任せられました[4]。この巻き物はアダムに任された土地の権利証書です。この巻き物はアダムに任された肉体の権利証書です[5]。(他の見方があり得ます。)アダムは戒めで地を支配しました[6]。アダムの支配の下で、土のすべての被造物は幸せでした[7]。
しかし、アダムは犯罪しました。アダムは罪に売れました[8]。アダムは奴隷になりました[9]。アダムは土地を失いました。土地は呪われました[10]。今、地からは茨とアザミが出てきます。今、アダムの肉体からは肉の欲望が出てきます。今、肉体は老化して地に戻ります。アダムの犯罪のために、地に死が入りました[11]。
サタンは地を食べます。今サタンが地を支配します[12]。地はもはや愛の戒めによって支配されていません。今、地は力で支配されています。今、地では弱肉強食の暴圧が始まります[13]。地のすべての被造物は今うめきと産みの苦しみをしています[14]。地は呪いから解放されるべきです。肉体は呪いから解放されるべきです。世は死から解放されるべきです[15]。
苦しみを終わらせるためには、アダムが支配権を取り戻さなければなりません[16]。アダムが再び戒めで支配しなければなりません[17]。しかし、アダムには支配権を取り戻す力がありません[18]。したがって、アダムの近親者がアダムの地を買い戻さなければなりません。アダムの近親者がアダムの支配権を取り戻さなければなりません。アダムの支配権を取り戻してくださるために[19]、神様が[20]アダムに[21]なられます。
主イエス様は相続主です。アダムは神様の所有を引き受けて管理する者に過ぎません。主イエス様がお見えになると、アダムに任された支配権も主イエス様に吸収されます[22]。アダムが保管していても主イエス様のものであり、アダムが失っても主イエス様のものであります。アダムが管理していても主イエス様のものであり、サタンが管理していても主イエス様のものであります。したがって、正確に言えば、アダムが[23]主イエス様から支配権を新たに受けるのです[24]。
神様はアダムが地を取り戻すまでに残った期間を教えてくださいました[25]。それが70週です。エルサレム再建の命令が下された後から70週が過ぎると、アダムが地を取り戻します。70週が終わると、そむきが止まり、罪が終わり、咎が贖われ、永遠の義がもたらされ、幻と預言が確証されます。70週が終わると、暴力の支配が終わります。70週が終わると、戒めの支配が始まります[26]。
したがって、7つの封印が解かれるという意味は、アダムが地を取り戻すという意味です。7つの封印が解かれるという意味は、70週が終わるという意味です。2024年現在、70週のうち69週が過ぎました。今私たちは空白期間にいます[27]。7つの封印が解かれると、最後の1週が間もなく始まります[28]。7つの封印が全部解かれると、権利証書が開かれます。権利証書が開かれると、大贖罪のための香が捧げられます[29]。被造界で罪を洗い流す準備が始まるのです。
アダムの地を取り戻してくれる過程を通して、御使いたちから犯罪の可能性が洗われます。アダムに新しい肉体を与えてくれる過程を通して、御使いたちの自由意志が完成されます。地の呪いを終わらせてくれる過程を通して、サタン噓群れが火の池に投げ込まれます。
今は犯罪者たちが主イエス様の地を違法に占拠しています[30]。アダムの地を取り戻されるために、主イエス様は地を贖われます[31]。アダムに地を新しく任せられるために, 主イエス様が地で犯罪者たちを殺されます[32]。ですからサタン噓群れは最後のあがきをしながら狂暴になります[33]。
殉教証人の定められた数が満ちると、実際の至聖所に香がいっぱいになります。実際の至聖所に香がいっぱいになると、実際の垂れ幕が開かれます。殉教証人の定められた数が満ちると、第7のラッパが鳴ります。第7のラッパが鳴ると、第1の復活が起こります。復活変化した殉教証人たちは空中に引き上げられます。
今、地には犯罪者だけです。主イエス様は地上に7つの災害を注がれます。7つの災害に耐えて生き残った犯罪者を殺されるために、主イエス様は地上にまで臨まれます。主イエス様は犯罪者を殺され、サタン噓群れを底知れぬ所に閉じ込められます。
その後、主イエス様は新しい天と新しい地を成されます。主イエス様は復活変化した殉教証人たちに新しい天と新しい地を任せられます。アダムが失った支配権を、アダムに新たに任せられるのです。殉教証人たちは、新しいエルサレム都で新しい天と新しい地を支配します。
神様は被造物に戒めを守れと命じられます。神様は隣人を踏みにじる犯罪者を火の池に燃やして殺されます。戒めが守れないものであるならば、神様は殺人者であります[34]。戒めが守ることができないのなら、神様は被造物を火の池に燃やして殺そうと被造物を創造されたのです。
しかし、殉教証人たちは死に至るまで戒めを守りました。戒めを守れば死に打ち勝ちます。死に打ち勝つと復活変化します[35]。復活変化を通して、戒めを守ったという事実が証明されます。したがって殉教証人たちが死に打ち勝つと、戒めの真実さが証明されます[36]。殉教証人たちの復活変化を通して、戒めを守れと命じられる神様の愛と公義が最終的に証明されます。
戒めの真実さが証明されると、御使いたちから神様への疑いが消えます[37]。戒めの真実さが証明されると、御使いたちは神様の愛と公義を完全に悟ることになります。神様の愛を悟った被造物は神様を愛するようになります[38]。神様を愛するようになった被造物からは犯罪の可能性が消滅されます。神様を愛するようになった被造物の自由意志は完成されます。神様を愛する被造物は戒めを守ります[39]。神様を愛する被造物は犯罪しません。
すべての被造物が再び犯罪しなくなると[40]、初めて創造が完成されます[41]。最後まで悔い改めることを拒む犯罪者を殺されると[42]、被造界で罪は消滅されます[43]。
被造物の自由意志が完成されるこの日が、まさに被造界の大贖罪の日であります[44]。70週が終わると、そむきが止まり、罪が終わり、咎が贖われ、永遠の義がもたらされます。70週が終わると、大贖罪がなされます。
69週が過ぎました。今、最後の1週だけ残りました。この最後の1週に獣の支配が成されます。獣の支配の時に殉教証人の定められた数がすべて満ちます。殉教証人の定められた数がすべて満ちると、第1の復活が起こります。第1の復活が起こると、戒めの真実さが証明されます。戒めの真実さが証明されると、被造物の自由意志が完成されます。被造物の自由意志が完成されると、被造界が贖われます。最後の1週の間、被造界が贖われます[45]。
7つの封印が解かれます=
①肉体のより良い回復:アダムが罪の奴隷から完全に抜け出します。アダムは霊的な体を着ます。
②地のより良い回復:主イエス様がアダムに地を新たに任せてくださいます。
③70週の終わり:罪悪の歴史が終わります。
④大贖罪:被造物の自由意志が完成されます。
神様はアダムにエデンを任せられました[46]。アダムは神様の命を受けて支配しました。アダムは愛と公義で支配しました[47]。アダムに任せられた動物たちは幸せでした[48]。アダムは獣を支配しなければなりませんでした[49]。アダムはサタンを支配しなければなりませんでした。しかし、アダムはサタンの惑わしに負けました[50]。アダムは罪に売れました[51]。アダムは罪の奴隷になりました[52]。さて、サタンがアダムを支配します。さて、サタンが地を支配します[53]。アダムは地を失いました[54]。
地はいつも常に神様のみのものです[55]。被造界はいつも常に神様だけのものです。神様がアダムにエデンを任せられる前であれ任せられた後であれ、地は依然として神様のものです。アダムがエデンに対する支配権を失う前であれ失った後であれ、地は変わらず神様のものです[56]。神様はどんな被造物にも地に対する所有権をくださったことはありません[57]。
非存在はやはり神様のものであります。被造界を創造される前でも、地は神様のものです。ですから、神様は地を呼ばれることができます[58]。死とハデスも神様のものです。したがって、神様は死とハデスを火の池に燃やされることができます。神様のものなので、神様が創造されます。神様のものなので、神様が処分されます。すべては永遠から永遠まで常にいつも神様のみのものであります[59]。
アダムに地を任せられるときでも、地は神様のものです。アダムが支配権を失った時でも、地は依然として神様のものです。弱い被造物が踏みつけられている今でもやはり地は神様のものです[60]。これからも地は永遠に神様のものです[61]。
アダムは罪の奴隷になりました。地は呪われました。さて、サタンが地を支配しています。しかし、神様はアダムに任せられた代理管理権を直ちに収められません[62]。神様はアダムがサタンに沿って犯罪することを放っておかれます。もちろん、神様は地を再び回復させられます[63]。しかし、神様はすぐにはそうしません。神様はアダムを一旦外に追い出されます[64]。
もし神様がサタンから直ちに支配権を収められたら、地は回復されたでしょう。もし神様がサタンを直ちに殺されてしまったならば、地は回復されたでしょう。しかし、神様がサタンを直ちに殺してしまうと、神様はアダムも一緒に殺されなければなりません。サタンも犯罪者だが、アダムも犯罪者だからです。神様がサタンとアダムを直ちに殺すと、アダムは敗者として死にます。それならアダムは永遠にサタンに打ち勝つことができないでしょう[65]。それならアダムは裁きから永遠に抜け出せないでしょう[66]。ですから、神様は一旦サタンを放っておかれます[67]。
アダムは犯罪しました。アダムは支配権を失いました。アダムが支配権を取り戻すためには、アダムはまず罪から抜け出さなければなりません。アダムが罪から抜け出すためには、アダムは罪の代価を払わなければなりません。しかし、アダムは自分の罪の代価を払う力がありません。アダムが罪から抜け出すためには、誰かがアダムに代わって罪の代価を払わなければなりません。罪から来る報酬は死です。アダムが罪から抜け出すためには、誰かがアダムに代わって死ななければなりません[68]。
アダムが犯罪したにもかかわらず、神様がアダムの支配権を維持させて下さるならば、神様はヘレルの支配権も維持させてくださらなければならないでしょう[69]。アダムが犯罪したにもかかわらず、神様がアダムをエデンから追い出さなければ、神様はヘレルも実際のエデンから追い出されてはいけません。アダムが犯罪したにもかかわらず、神様が地を呪わなければ、神様はヘレルも呪ってはいけません[70]。神様には公義です。神様は罪の下にあるすべてを裁かれます[71]。
ある意味、アダムは依然として地を支配しています[72]。ただ、サタンの奴隷として地を支配しているだけです。罪悪で地を支配しているだけです[73]。そのままであれば、アダムはサタンと共に火の池に投げ込まれます。アダムは戒めの支配権を取り戻さなければなりません[74]。アダムは愛の戒めで地を支配しなければなりません[75]。しかし、アダムには戒めの支配権を取り戻す力がありません[76]。
アダムが支配権を取り戻すためには、近親者がアダムの代わりに代価を支払わなければなりません[77]。アダムは犯罪したので支配権を失いました。罪は神様に犯すのです。近親者は神様に代価を支払わなければなりません。
すべての被造物は神様のものです。被造物に戒めを守れと命じられる方は神様です[78]。善と悪の基準は神様です[79]。神様の戒めを破ることは罪です[80]。罪は神様に犯すのです[81]。犯罪した被造物を裁かれる方も神様です。神様がいらっしゃるので、神様を逆らう罪も存在することができます[82]。神様がいらっしゃらなければ、罪も存在できません[83]。罪の代価は神様に払われるのです[84]。
アダムはサタンに罪を犯したわけではありません。アダムは神様に罪を犯しました。サタンも死の下にある犯罪者に過ぎません[85]。サタンも罪の奴隷に過ぎません[86]。アダムはサタンに支配権を奪われたわけではありません。神様はアダムに地を任せられました。神様はサタンに地を任せませんでした[87]。アダムは神様の「裁き」に支配権を奪われたのです。もちろんサタンが地を支配しています[88]。サタンがアダムより強いからです[89]。アダムがサタンに打ち勝つためには、アダムは罪から抜け出さなければなりません。
アダムが神様から支配権を取り戻すと、アダムは再び地を支配するようになります。サタンが支配した地をアダムが支配するようになります。したがって、アダムがサタンから支配権を取り戻してきたように見えるかもしれません。しかしサタンやアダムや、一介の犯罪者に過ぎません。
罪によってアダムは死んでいます[90]。アダムは「死」に閉じ込められました。しかしその死も、神様のものであります。アダムも神様のものであり、サタンも神様のものであり[91]、死も神様のものであります。アダムが死から抜け出すためには、アダムは神様に代価を払わなければなりません。アダムが支配権を取り戻すには、アダムは神様に代価を払わなければなりません[92]。
アダムが支配権を取り戻すために神様に払わなければならない代価は命であります[93]。アダムは「裁き」に「命」という代価を払わなければなりません。裁きに命という代価を払うことを、私たちは死と呼びます[94]。魂が肉体を離れる死を言うのではありません。神様から捨てられ、絶たれる死を言うのです。
死には第1の死と第2の死があります。悔い改めずに第1の死にそのまま留まっていると、第2の死に入ることになります[95]。
神様は犯罪者を「死」で裁かれます[96]。犯罪したアダムは裁きを受けることになりました[97]。アダムは死の支配を受けるようになりました[98]。アダムに任せられた地も死の支配を受けるようになりました[99]。死の領域の中で最も強い者はサタンです[100]。ですからアダムとアダムに任せられた地は、もうサタンが支配します[101]。
アダムは地を罪に売りました。アダムは地を失いました。地は呪われました。サタンが地を掌握しました。地は弱肉強食の世界に変わりました。強い動物は今弱い動物を食べます。
肉体も地です。体も土です。肉体も呪われました。肉体では茨とアザミが出てきます。肉体では肉の欲望が出てきます[102]。肉体は死の体になりました[103]。アダムは罪の影響力の下に置かれました。
アダムが地を取り戻すという意味は、地の呪いを終わらせるという意味です。地で弱肉強食の圧制を終えるという意味です。肉体から肉の欲望を取り除くという意味です[104]。アダムは土でできた肉体を着ています。アダムは魂的な体を着ています。アダムが霊的な体を着ると、肉体の呪いが終わります[105]。アダムが霊的な体を着ると、アダムは御使いのようになります[106]。
主イエス様は復活されました[107]。主イエス様は御使いのようになられました[108]。主イエス様は2024年現在、御使いのようになられ、実際の御座に[109]座っていらっしゃいます[110]。主イエス様は2024年現在、まだ被造物としていらっしゃいます[111]。第2位神様は被造物として被造界を相続されました[112]。主イエス様は被造物として被造界を所有していらっしゃいます。
しかし、主イエス様は[113]時間の中でのみ被造物です[114]。時間も被造物に過ぎません[115]。未来も[116]主イエス様から[117]来るのです[118]。未来も[119]主イエス様の中に[120]すでに[121]あるのです[122]。主イエス様は時間と空間を存続させていらっしゃいます[123]。
地でも死でもサタンでも時間でも空間でも生命でも御使いでも人間でも、すべて被造物です。神様はこれらを創造されました。これらはすべて神様のものです。神様がこれらを存続させていらっしゃいます。
神様は今すぐ「死」を裁かれることができます。神様は今すぐ死を火の池に燃やされることができます。すると被造界で死は消滅されます[124]。しかし、神様がそうするならば、死の中にあるものも一緒に火の池に投げ込まれます。サタンとアダムも一緒に火の池に投げ込まれます[125]。
さらに、御使いたちにもまだ犯罪の可能性が残っています。御使いたちも、まだ死の中にいます。そのままにすれば、御使いたちもいつかは必ず犯罪します。過去現在未来に同時にいらっしゃる神様がご覧になる時、御使いたちも犯罪者であります。神様が今すぐ死を火の池に投げられると、御使いたちも一緒に火の池に投げ込まれます。言い換えれば、自由意志をいただいたすべての被造物が火の池に投げ込まれます。
神様が被造物に自由意志をくださったという意味は、神様が被造物の中に犯罪の可能性を置かれたという意味です。したがって、そのままにしておくと、被造物はいつかは必ず犯罪します。したがって、神様が被造物に自由意志をくださったという意味は、神様が被造物を死の中に創造されたという意味です。そして、被造物が犯罪する前に、神様は被造物を死から助け出されます。被造物が犯罪する前に、神様は被造物の自由意志を完成されます。被造物の自由意志を完成される手段が、まさに十字架であります。
死の中にいるアダムを生かされるために、神様はしばらく死に対する裁きを留保されます[126]。死の中にいる御使いたちを死から助け出されるために、神様はしばらく死に対する裁きを留保されます。被造物を死から救われるために[127]、神様ご自身が「有って有る者は救いだ」という御名によってお見えになります。神様ご自身が「イエス」という御名によってお見えになります。被造物を死から救われるために、神様ご自身が被造物となられます[128]。
被造物はすべて神様のものです[129]。戒めを守れと命じられる方は神様です[130]。罪と死を裁かれる方も神様です[131]。犯罪したなら、神様に犯罪したのです。罪の代価を払うには、神様に払わなければなりません[132]。罪の赦しを受けるためには、神様から赦しを受けなければなりません。私たちを赦されるために、神様は自分自身を代価として払われました。
罪から来る報酬は死です[133]。犯罪すれば死ななければなりません。犯罪すれば神様に捨てられなければなりません。神様に捨てられないようにするには、神様に罪の代価を払わなければなりません。しかし、アダムには罪の代価を払う能力がありません。アダムが死なないためには、正しい人がアダムに代わって罪の代価を払わなければなりません[134]。アダムが死なないためには、義人がアダムの代わりに死ななければなりません[135]。義人がアダムの代わりに神様に捨てられてくれれば、アダムは生きることができます。
アダムに代わって神様に捨てられることができる存在は[136]、義なる者だけです。犯罪した者はアダムに代わって捨てられることができません。すでに捨てられた者はアダムに代わって捨てられることができません。犯罪の可能性を抱いている者はアダムに代わって捨てられることができません。いつかは犯罪する者はアダムに代わって捨てられることができません。自由意志が完全でない者はアダムに代わって捨てられることができません。
自由意志が完全な者だけアダムの代わりに捨てられることができます。永遠に犯罪しない者だけがアダムに代わって捨てられることができます[137]。呪われた肉体を着ても犯罪しない者だけがアダムに代わって捨てられることができます[138]。傷のない生け贄だけがアダムに代わって捨てられることができます[139]。
自由意志が完全な存在は[140]、ただ神様のみです[141]。永遠に犯罪しない存在は、ただ神様のみです[142]。過去現在未来に決して犯罪しない存在は、ただ神様のみです[143]。神様が呪われた肉体をお召しになって、戒めを守られます[144]。戒めが呪われた肉体をお召しになって、戒めを表わされます[145]。第2位神様が被造物となられ、第1位神様から捨てられます。今、アダムは生きることができます。
自由意志をいただいた被造物は「犯罪の可能性」を抱いています。自由意志が完成されていない被造物は隠された罪を抱いています[146]。自由意志が完成されていない被造物はいつでも犯罪することができます。したがって彼は死とつながっています。自由意志が完成される前には、御使いたちさえも永遠に生きることができません。実際の神殿さえも主イエス様の血で贖わなければ清潔になりません[147]。十字架を通してのみ被造物の自由意志が完成されます[148]。神様は創造を始められる前に、まず十字架をあらかじめ定められました[149]。
神様は十字架を通してアダムを贖われます。十字架を通して神様の愛と公義が1次的に証明されます。十字架の愛を通して、アダムが戒めを守ります。呪われた肉体を着て、アダムが死に至るまで神様と隣人を愛します[150]。アダムは死に勝ち、復活変化します。復活変化を通して、アダムが戒めを守ったという事実が証明されます[151]。アダムの復活変化により、戒めの真実さが証明されます。戒めは被造物がしっかり守ることができるのです[152]。神様の愛と公義が完全に証明されます。
御使いたちは戒めの真実さを確認します[153]。御使いたちから神様への疑いが消えます。御使いたちは神様の愛と公義を完全に悟ります。御使いたちは今、神様を心置きなく愛します。御使いたちは今永遠に犯罪しません。御使いたちは今永遠に生きます。十字架を通して、御使いたちの自由意志が完成されます。十字架を通して、御使いたちは死から完全に解放されます。十字架を通して、創造が完成されます。
ルツ4:1 一方、ボアズは門のところへ上って行って、そこにすわった。すると、ちょうど、ボアズが言ったあの買い戻しの権利のある親類の人が通りかかった。ボアズは、彼にことばをかけた。「ああ、もしもし、こちらに立ち寄って、おすわりになってください。」彼は立ち寄ってすわった。
ルツ4:2 それから、ボアズは、町の長老十人を招いて、「ここにおすわりください。」と言ったので、彼らもすわった。
ルツ4:3 そこで、ボアズは、その買い戻しの権利のある親類の人に言った。「モアブの野から帰って來たナオミは、私たちの身内のエリメレクの畑を売ることにしています。
ルツ4:4 私はそれをあなたの耳に入れ、ここにすわっている人人と私の民の長老たちとの前で、それを買いなさいと、言おうと思ったのです。もし、あなたがそれを買い戻すつもりなら、それを買い戻してください。しかし、もしそれを買い戻さないのなら、私にそう言って知らせてください。あなたをさしおいて、それを買い戻す人はいないのです。私はあなたの次なのですから。」すると彼は言った。「私が買い戻しましょう。」
ルツ4:5 そこで、ボアズは言った。「あなたがナオミの手からその畑を買うときには、死んだ者の名をその相続地に起こすために、死んだ者の妻であったモアブの女ルツをも買わなければなりません。」
ルツ4:6 その買い戻しの権利のある親類の人は言った。「私には自分のために、その土地を買い戻すことはできません。私自身の相続地をそこなうことになるといけませんから。あなたが私に代わって買い戻してください。私は買い戻すことができませんから。」
ルツ4:7 昔、イスラエルでは、買い戻しや権利の譲渡をする場合、すべての取り引きを有效にするために、一方が自分のはきものを脱いで、それを相手に渡す習慣があった。これがイスラエルにおける証明の方法であった。
ルツ4:8 それで、この買い戻しの権利のある親類の人はボアズに、「あなたがお買いなさい。」と言って、自分のはきものを脱いだ。
ルツ4:9 そこでボアズは、長老たちとすべての民に言った。「あなたがたは、きょう、私がナオミの手から、エリメレクのすべてのもの、それからキルヨンとマフロンのすべてのものを買い取ったことの証人です。
ルツ4:10 さらに、死んだ者の名をその相続地に起こすために、私はマフロンの妻であったモアブの女ルツを買って、私の妻としました。死んだ者の名を、その身内の者たちの間から、また、その町の門から絶えさせないためです。きょう、あなたがたはその証人です。」
地を渡したエリメレクは、最初のアダムを象徴します。エリメレクの地を買い戻すことを拒んだ人は律法を象徴します。地を買い戻してくれたボアズは最後のアダムを象徴します[154]。
エリメレクは犯罪しました。エリメレクは地を罪に売りました。律法はエリメレクを再び義人にすることはできません[155]。律法はエリメレクが失った土地を取り戻すこともできません。律法はただ、最初のアダムに地を支配する資格がないことを確認させてくれるだけです[156]。律法はただ、最初のアダムにメシヤが必要だという事実を悟らせてくれるだけです[157]。
エリメレクの近親者であるボアズがエリメレクの地を取り戻します。最初のアダムの近親者である最後のアダムが最初のアダムの地を取り戻してくださいます[158]。神様が最初のアダムに地を任せてくださいました。最初のアダムは神様の命令を受けて地を戒めで支配しました[159]。だが最初のアダムは犯罪しました。最初のアダムは地を失いました。しかし、最後のアダムは支配権を守られます。最後のアダムは最初のアダムに地を新たに任せてくださいます[160]。
お金はボアズが払いますが、地はエリメレクの名で相続されます。代価は小羊が払われますが、支配権は殉教証人たちに任せられます[161]。損害は小羊が受けますが、利益は殉教証人たちが受けます。(無料ですが[162]無料で受け取ることはできません[163]。)
神様が被造物となられて、被造物たちの王になってくださいます[164]。神様が地を支配されるためではありません。神様が被造物とならなくても、被造界はどうせ神様のものであります。神様は被造界で苦しみを消滅させられるために最後のアダムになられます[165]。最後のアダムは最初のアダムの地を取り戻してくださる過程を通して被造界で苦しみを消滅させられます[166]。
小羊は7つの封印を解かれます。小羊がアダムの権利証書を開かれます。権利証書が開かれると、呪いが終わります[167]。権利証書が開かれると、アダムの肉体は回復します。権利証書が開かれると、アダムは地を取り戻します[168]。権利証書が開かれると、最後のアダムの地を違法に占拠している犯罪者たちに対する裁きが執行されます[169]。
黙5:4 巻き物を開くのにも、見るのにも、ふさわしい者がだれも見つからなかったので、私は激しく泣いていた。
黙5:5 すると、長老のひとりが、私に言った。「泣いてはいけない。見なさい。ユダ族から出たしし、ダビデの根が勝利を得たので、その巻き物を開いて、七つの封印を解くことができます。」
黙5:9 彼らは、新しい歌を歌って言った。「あなたは、巻き物を受け取って、その封印を解くのにふさわしい方です。あなたは、ほふられて、その血により、あらゆる部族、国語、民族、国民の中から、神のために人々を贖い、
黙5:10 私たちの神のために、この人々を王国とし、祭司とされました。彼らは地上を治めるのです。」
7つの封印が解かれてこそ、罪に対する裁きがなされます[170]。権利証書が開かれてこそ被造界の苦しみが終わります[171]。ところがヨハネが見ると、この7つの封印を解く人がいないようです。ヨハネが見ると、この権利証書を開く人がいないようです。ヨハネは激しく泣きます。
この7つの封印は誰でも解くものではありません。この封印を解くことができる人は①「勝った」者でなければなりません。この封印を解くことができる人は、②「アダムに代わって」罪の代価を払った者でなければなりません。つまり、アダムの代わりに神様に捨てられた者でなければなりません。この封印を解くことができる人は、③アダムが失った地を取り戻すことができる「アダム」でなければなりません。つまり、アダムの地を取り戻す能力があるアダムの近親者でなければなりません[172]。
この7つの封印が解かれると被造界が贖われます。この権利証書が開かれると70週が終わります。言い換えれば、罪のある人類の歴史が終わります。7つの封印を解くことができる人は、「罪に勝ち、アダムを贖われたもう一つのアダム」だけです[173]。まさに主イエス様です[174]。
最後のアダムは最初のアダムの代わりに父に捨てられました[175]。最後のアダムは復活を通して罪がないという事実を[176]証明されました[177]。御使いはアダムの近親者ではありません。御使いはアダムの地を買い戻すことはできません[178]。御使いは神様ではありません。御使いはアダムの罪を贖うことはできません[179]。御使いは神様とアダムの間で仲介者になることはできません[180]。御使いは大祭司ではありません。御使いは大贖罪のいけにえをささげることはできません[181]。御使いは呪われた肉体を着ていません[182]。御使いはアダムに罪に打ち勝つ模範を示すことはできません[183]。
[1] ゼカ5:1 私が再び目を上げて見ると、なんと、巻き物が飛んでいた。
ゼカ5:2 彼は私に言った。「何を見ているのか。」私は答えた。「飛んでいる巻き物を見ています。その長さは二十キュビト、その幅は十キュビトです。」
ゼカ5:3 すると彼は、私に言った。「これは、全地の面に出て行くのろいだ。盗む者はだれでも、これに照らし合わせて取り除かれ、また、偽って誓う者はだれでも、これに照らし合わせて取り除かれる。」
[2] エゼ2:9 そこで私が見ると、なんと、私のほうに手が伸ばされていて、その中に一つの巻き物があった。
エゼ2:10 それが私の前で広げられると、その表にも裏にも字が書いてあって、哀歌と、嘆きと、悲しみとがそれに書いてあった。
[3] レビ25:24 あなたがたの所有するどの土地にも、その土地の買い戻しの権利を認めなければならない。
レビ25:25 もし、あなたの兄弟が貧しくなり、その所有地を売ったなら、買い戻しの権利のある親類が來て、兄弟の売ったものを買い戻さなければならない。
[4] 創2:15 神である主は、人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。
[5] ロマ7:22 すなわち、私は、内なる人としては、神の律法を喜んでいるのに、
ロマ7:23 私のからだの中には異なった律法があって、それが私の心の律法に対して戦いをいどみ、私を、からだの中にある罪の律法のとりこにしているのを見いだすのです。
ロマ7:24 私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。
[6] イザ65:25 狼と子羊は共に草をはみ、獅子は牛のように、わらを食べ、蛇は、ちりをその食べ物とし、わたしの聖なる山のどこにおいても、そこなわれることなく、滅ぼされることもない。」と主は仰せられる。
[7] 創2:19 神である主が、土からあらゆる野の獣と、あらゆる空の鳥を形造られたとき、それにどんな名を彼がつけるかを見るために、人のところに連れて來られた。人が、生き物(生き魂)につける名は、みな、それが、その名となった。
創2:20 こうして人は、すべての家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名をつけたが、人にはふさわしい助け手が、見あたらなかった。
[8] 2ペト2:19 この人人に自由を与えると約束しながら、彼ら自身は滅亡の奴隷になっている。おおよそ、日とは征服者の奴隷となるものである。
[9] ヨハネ8:34 イエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。罪を行なっている者はみな、罪の奴隷です。
[10] 創3:17 また、アダムに仰せられた。「あなたが、妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない。
[11] ロマ5:12 そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がったのと同様に、瓦瓦それというのも全人類が罪を犯したからです。
[12] ルカ4:5 また、悪魔はイエスを連れて行き、またたくまに世界の国国を全部見せて、
ルカ4:6 こう言った。「この、国国のいっさいの権力と栄光とをあなたに差し上げましょう。それは私に任されているので、私がこれと思う人に差し上げるのです。
[13] ホセ4:1 イスラエル人よ。主のことばを聞け。主はこの地に住む者と言い争われる。この地には真実がなく、誠実がなく、神を知ることもないからだ。
ホセ4:2 ただ、のろいと、欺きと、人殺しと、盗みと、姦通がはびこり、流血に流血が続いている。
[14] ロマ8:19 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。
ロマ8:20 それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです。
ロマ8:21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。
ロマ8:22 私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。
ロマ8:23 そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。
[15] ヨハネ12:31 今がこの世のさばきです。今、この世を支配する者は追い出されるのです。
ヨハネ12:32 わたしが地上から上げられるなら、わたしはすべての人を自分のところに引き寄せます。」
[16] 黙20:6 この第一の复活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対しては、第二の死は、なんの力も持っていない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストとともに、千年の間王となる。
[17] ロマ13:10 愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします。
[18] ロマ5:6 私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬嶺な者のために死んでくださいました。
[19] ルカ22:29 わたしの父がわたしに王権を与えてくださったように、わたしもあなたがたに王権を与えます。
ルカ22:30 それであなたがたは、わたしの国でわたしの食卓に着いて食事をし、王座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。
[20] 1テモ2:5 神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト․イエスです。
[21] ヘブ2:15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人人を解放してくださるためでした。
ヘブ2:16 主は御使いたちを助けるのではなく、確かに、アブラハムの子孫を助けてくださるのです。
[22] ルカ20:13 ぶどう園の主人は言った。『どうしたものか。よし、愛する息子を送ろう。彼らも、この子はたぶん敬ってくれるだろう。』
ルカ20:14 ところが、農夫たちはその息子を見て、議論しながら言った。『あれはあと取りだ。あれを殺そうではないか。そうすれば、財産はこちらのものだ。』
[23] ロマ8:17 もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。
ロマ8:18 今の時のいろいろの苦しみは、将來私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。
[24] ルカ19:17 主人は彼に言った。『よくやった。良いしもべだ。あなたはほんの小さな事にも忠実だったから、十の町を支配する者になりなさい。』
ルカ19:18 二番目の者が來て言った。『ご主人さま。あなたの一ミナで、五ミナをもうけました。』
ルカ19:19 主人はこの者にも言った。『あなたも五つの町を治めなさい。』
[25] ダニ9:24 あなたの民とあなたの聖なる都については、七十週が定められている。それは、そむきをやめさせ、罪を終わらせ、咎を贖い、永遠の義をもたらし、幻と預言とを確証し、至聖所に油をそそぐためである。
[26] 黙21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」
黙21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」
[27] ダニ9:25 それゆえ、知れ。悟れ。引き揚げてエルサレムを再建せよ、との命令が出てから、油そそがれた者、君主の來るまでが七週。また六十二週の間、その苦しみの時代に再び広場とほりが建て直される。
[28] ダニ9:27 彼は一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現われる。ついに、定められた絶滅が、荒らす者の上にふりかかる。」
[29] 黙8:1 小羊が第七の封印を解いたとき、天に半時間ばかり静けさがあった。
黙8:2 それから私は、神の御前に立つ七人の御使いを見た。彼らに七つのラッパが与えられた。
黙8:3 また、もうひとりの御使いが出て來て、金の香爐を持って祭壇のところに立った。彼にたくさんの香が与えられた。すべての聖徒の祈りとともに、御座の前にある金の祭壇の上にささげるためであった。
黙8:4 香の煙は、聖徒たちの祈りとともに、御使いの手から神の御前に立ち上った。
レビ16:12 主の前の祭壇から、火皿いっぱいの炭火と、両手いっぱいの粉にしたかおりの高い香とを取り、垂れ幕の内側に持ってはいる。
レビ16:13 その香を主の前の火にくべ、香から出る雲があかしの箱の上の『贖いのふた』をおおうようにする。彼が死ぬことのないためである。
[30] マタイ21:37 しかし、そのあと、その主人は、『私の息子なら、敬ってくれるだろう。』と言って、息子を遣わした。
マタイ21:38 すると、農夫たちは、その子を見て、こう話し合った。『あれはあと取りだ。さあ、あれを殺して、あれのものになるはずの財産を手に入れようではないか。』
マタイ21:39 そして、彼をつかまえて、ぶどう園の外に追い出して殺してしまった。
マタイ21:40 このばあい、ぶどう園の主人が帰って來たら、その農夫たちをどうするでしょう。」
[31] 民35:33 あなたがたは、自分たちのいる土地を汚してはならない。血は土地を汚すからである。土地に流された血についてその土地を贖うには、その土地に血を流させた者の血による以外はない。
[32] 黙11:18 諸国の民は怒りました。しかし、あなたの御怒りの日が來ました。死者のさばかれる時、あなたのしもべである預言者たち、聖徒たち、また小さい者も大きい者もすべてあなたの御名を恐れかしこむ者たちに報いの与えられる時、地を滅ぼす者どもの滅ぼされる時です。」
黙11:19 それから、天にある、神の神殿が開かれた。神殿の中に、契約の箱が見えた。また、いなずま、声、雷鳴、地震が起こり、大きな雹が降った。
[33] 黙12:12 それゆえ、天とその中に住む者たち。喜びなさい。しかし、地と海とには、わざわいが來る。悪魔が自分の時の短いことを知り、激しく怒って、そこに下ったからである。」
黙12:13 自分が地上に投げ落とされたのを知った竜は、男の子を産んだ女を追いかけた。
[34] ヨブ1:9 サタンは主に答えて言った。「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。
ヨブ1:10 あなたは彼と、その家とそのすべての持ち物との回りに、垣を巡らしたではありませんか。あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地にふえ広がっています。
ヨブ1:11 しかし、あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。」
ヨブ1:12 主はサタンに仰せられた。「では、彼のすべての持ち物をおまえの手に任せよう。ただ彼の身に手を伸ばしてはならない。」そこで、サタンは主の前から出て行った。
[35] 1コリ15:54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。
1コリ15:55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」
1コリ15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。
[36] 1ヨハ5:3 神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。
[37] 1ペト1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人人を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。
1ペト1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス․キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。
[38] 1ヨハ4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
1ヨハ4:11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。
[39] ヨハネ14:15 もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。
[40] ルカ20:35 次の世にはいるのにふさわしく、死人の中から复活するのにふさわしい、と認められる人たちは、めとることも、とつぐこともありません。
ルカ20:36 彼らはもう死ぬことができないからです。彼らは御使いのようであり、また、复活の子として神の子どもだからです。
[41] 創2:1 こうして、天と地とそのすべての万象が完成された。
創2:2 それで神は、第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち、第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。
[42] 黙20:13 海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行ないに応じてさばかれた。
黙20:14 それから、死とハデスとは、火の池に投げ翔まれた。これが第二の死である。
[43] 1コリ15:25 キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。
1コリ15:26 最後の敵である死も滅ぼされます。
ロマ6:23 罪から來る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト․イエスにある永遠のいのちです。
[44] レビ16:16 彼はイスラエル人の汚れと、そのそむき、すなわちそのすべての罪のために、聖所の贖いをする。彼らの汚れの中に彼らとともにある会見の天幕にも、このようにしなければならない。
レビ16:17 彼が贖いをするために聖所にはいって、再び出て來るまで、だれも会見の天幕の中にいてはならない。彼は自分と、自分の家族、それにイスラエルの全集会のために贖いをする。
黙15:7 また、四つの生き物の一つが、永遠に生きておられる神の御怒りの満ちた七つの金の鉢を、七人の御使いに渡した。
黙15:8 聖所は神の栄光と神の大能から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその聖所に、はいることができなかった。
[45] ダニ9:24 あなたの民とあなたの聖なる都については、七十週が定められている。それは、そむきをやめさせ、罪を終わらせ、咎を贖い、永遠の義をもたらし、幻と預言とを確証し、至聖所に油をそそぐためである。
[46] 創2:15 神である主は、人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。
[47] 創2:19 神である主が、土からあらゆる野の獣と、あらゆる空の鳥を形造られたとき、それにどんな名を彼がつけるかを見るために、人のところに連れて來られた。人が、生き物(生き魂)につける名は、みな、それが、その名となった。
[48] イザ11:6 狼は子羊とともに宿り、ひょうは子やぎとともに伏し、子牛、若獅子、肥えた家畜が共にいて、小さい子どもがこれを追っていく。
イザ11:7 雌牛と熊とは共に草を食べ、その子らは共に伏し、獅子も牛のようにわらを食う。
イザ11:8 乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、乳離れした子はまむしの子に手を伸べる。
イザ11:9 わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、そこなわない。主を知ることが、海をおおう水のように、地を満たすからである。
[49] 創1:26 そして神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。
[50] 創3:4 そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。
創3:5 あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」
創3:6 そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。
[51] イザ50:1 主はこう仰せられる。「あなたがたの母親の離婚状は、どこにあるか。わたしが彼女を追い出したというのなら。あるいは、その債権者はだれなのか。わたしがあなたがたを売ったというのなら。見よ。あなたがたは、自分の咎のために売られ、あなたがたのそむきの罪のために、あなたがたの母親は追い出されたのだ。
[52] ヨハネ8:34 イエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。罪を行なっている者はみな、罪の奴隷です。
[53] ヘブ2:14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、
ヘブ2:15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人人を解放してくださるためでした。
[54] 創3:23 そこで神である主は、人をエデンの園から追い出されたので、人は自分がそこから取り出された土を耕すようになった。
創3:24 こうして、神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた。
[55] レビ25:23 地は買い戻しの権利を放棄して、売ってはならない。地はわたしのものであるから。あなたがたはわたしのもとに居留している異国人である。
[56] 詩50:9 わたしは、あなたの家から、若い雄牛を取り上げはしない。あなたの囲いから、雄やぎをも。
詩50:10 森のすべての獣は、わたしのもの、千の丘の家畜らも。
詩50:11 わたしは、山の鳥も残らず知っている。野に群がるものもわたしのものだ。
詩50:12 わたしはたとい飢えても、あなたに告げない。世界とそれに満ちるものはわたしのものだから。
[57] ダニ4:32 あなたは人間の中から追い出され、野の獣とともに住み、牛のように草を食べ、こうして七つの時があなたの上を過ぎ、ついに、あなたは、いと高き方が人間の国を支配し、その国をみこころにかなう者にお与えになることを知るようになる。」
[58] イザ40:25 「それなのに、わたしを、だれになぞらえ、だれと比べようとするのか。」と聖なる方は仰せられる。
イザ40:26 目を高く上げて、だれがこれらを創造したかを見よ。この方は、その万象を數えて呼び出し、一つ一つ、その名をもって、呼ばれる。この方は精力に満ち、その力は強い。一つももれるものはない。
[59] 代上29:11 主よ。偉大さと力と栄えと栄光と尊厳とはあなたのものです。天にあるもの地にあるものはみなそうです。主よ。王国もあなたのものです。あなたはすべてのものの上に、かしらとしてあがむべき方です。
代上29:12 富と轝れは御前から出ます。あなたはすべてのものの支配者であられ、御手には勢いと力があり、あなたの御手によって、すべてが偉大にされ、力づけられるのです。
[60] ヨブ1:11 しかし、あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。」
ヨブ1:12 主はサタンに仰せられた。「では、彼のすべての持ち物をおまえの手に任せよう。ただ彼の身に手を伸ばしてはならない。」そこで、サタンは主の前から出て行った。
[61] 1コリ15:28 しかし、万物が御子に従うとき、御子自身も、ご自分に万物を従わせた方に従われます。これは、神が、すべてにおいてすべてとなられるためです。
[62] ルカ4:5 また、悪魔はイエスを連れて行き、またたくまに世界の国国を全部見せて、
ルカ4:6 こう言った。「この、国国のいっさいの権力と栄光とをあなたに差し上げましょう。それは私に任されているので、私がこれと思う人に差し上げるのです。
ルカ4:7 ですから、もしあなたが私を拝むなら、すべてをあなたのものとしましょう。」
ルカ4:8 イエスは答えて言われた。「『あなたの神である主を拝み、主にだけ仕えなさい。』と書いてある。」
[63] 黙21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」
黙21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」
[64] 創3:23 そこで神である主は、人をエデンの園から追い出されたので、人は自分がそこから取り出された土を耕すようになった。
創3:24 こうして、神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた。
[65] 2ペト2:19 この人人に自由を与えると約束しながら、彼ら自身は滅亡の奴隷になっている。おおよそ、日とは征服者の奴隷となるものである。
[66] ロマ6:16 あなたがたはこのことを知らないのですか。あなたがたが自分の身をささげて奴隷として服従すれば、その服従する相手の奴隷であって、あるいは罪の奴隷となって死に至り、あるいは従順の奴隷となって義に至るのです。
[67] エゼ18:21 しかし、悪者でも、自分の犯したすべての罪から立ち返り、わたしのすべてのおきてを守り、公義と正義を行なうなら、彼は必ず生きて、死ぬことはない。
エゼ18:22 彼が犯したすべてのそむきの罪は覚えられることはなく、彼が行なった正しいことのために、彼は生きる。
エゼ18:23 わたしは悪者の死を喜ぶだろうか。―神である主の御告げ。―彼がその態度を悔い改めて、生きることを喜ばないだろうか。
[68] 詩49:7 人は自分の兄弟をも買い戻すことはできない。自分の身のしろ金を神に払うことはできない。
詩49:8 ―たましいの贖いしろは、高価であり、永久にあきらめなくてはならない。―
[69] エゼ28:12 「人の子よ。ツロの王について哀歌を唱えて、彼に言え。神である主はこう仰せられる。あなたは全きものの典型であった。知恵に満ち、美の極みであった。
エゼ28:13 あなたは神の園、エデンにいて、あらゆる宝石があなたをおおっていた。赤めのう、トパ-ズ、ダイヤモンド、綠柱石、しまめのう、碧玉、サファイヤ、トルコ玉、エメラルド。あなたのタンバリンと笛とは金で作られ、これらはあなたが造られた日に整えられていた。
エゼ28:14 わたしはあなたを油そそがれた守護者ケルブとともに、神の聖なる山に置いた。あなたは火の石の間を歩いていた。
エゼ28:15 あなたの行ないは、あなたが造られた日からあなたに不正が見いだされるまでは、完全だった。
エゼ28:16 あなたの商いが繁盛すると、あなたのうちに暴虐が満ち、あなたは罪を犯した。そこで、わたしはあなたを汚れたものとして神の山から追い出し、守護者ケルブが火の石の間からあなたを消えうせさせた。
[70] 創3:14 神である主は蛇に仰せられた。「おまえが、こんな事をしたので、おまえは、あらゆる家畜、あらゆる野の獣よりものろわれる。おまえは、一生、腹ばいで歩き、ちりを食べなければならない。
[71] 黙20:13 海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行ないに応じてさばかれた。
黙20:14 それから、死とハデスとは、火の池に投げ翔まれた。これが第二の死である。
[72] エフェ2:1 あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、
エフェ2:2 そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。
エフェ2:3 私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行ない、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。
[73] ヨハネ19:10 そこで、ピラトはイエスに言った。「あなたは私に話さないのですか。私にはあなたを釈放する権威があり、また十字架につける権威があることを、知らないのですか。」
ヨハネ19:11 イエスは答えられた。「もしそれが上から与えられているのでなかったら、あなたにはわたしに対して何の権威もありません。ですから、わたしをあなたに渡した者に、もっと大きい罪があるのです。」
[74] イザ2:4 主は国国の間をさばき、多くの国国の民に、判決を下す。彼らはその剣を鋤に、その槍をかまに打ち直し、国は国に向かって剣を上げず、二度と戦いのことを習わない。
イザ2:5 來たれ。ヤコブの家よ。私たちも主の光に歩もう。
[75] 黙20:5 そのほかの死者は、千年の終わるまでは、生き返らなかった。これが第一の复活である。
黙20:6 この第一の复活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対しては、第二の死は、なんの力も持っていない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストとともに、千年の間王となる。
[76] 士16:19 彼女は自分のひざの上でサムソンを眠らせ、ひとりの人を呼んで、彼の髪の毛七ふさをそり落とさせ、彼を苦しめ始めた。彼の力は彼を去っていた。
[77] レビ25:24 あなたがたの所有するどの土地にも、その土地の買い戻しの権利を認めなければならない。
レビ25:25 もし、あなたの兄弟が貧しくなり、その所有地を売ったなら、買い戻しの権利のある親類が來て、兄弟の売ったものを買い戻さなければならない。
[78] マタイ5:17 わたしが來たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために來たのです。
マタイ5:18 まことに、あなたがたに告げます。天地が滅びうせない限り、律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます。
[79] マタイ22:37 そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
マタイ22:38 これがたいせつな第一の戒めです。
マタイ22:39 『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。
マタイ22:40 律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」
[80] 1ヨハ3:4 罪を犯している者はみな、不法を行なっているのです。罪とは律法に逆らうことなのです。
[81] ヨブ35:6 あなたが罪を犯しても、神に対して何ができよう。あなたのそむきの罪が多くても、あなたは神に何をなしえようか。
ヨブ35:7 あなたが正しくても、あなたは神に何を与ええようか。神は、あなたの手から何を受けられるだろうか。
ヨブ35:8 あなたの悪は、ただ、あなたのような人間に、あなたの正しさは、ただ、人の子に、かかわりを持つだけだ。
[82] 詩51:4 私はあなたに、ただあなたに、罪を犯し、あなたの御目に悪であることを行ないました。それゆえ、あなたが宣告されるとき、あなたは正しく、さばかれるとき、あなたはきよくあられます。
[83] 詩9:7 しかし、主はとこしえに御座に着き、さばきのためにご自身の王座を堅く立てられた。
詩9:8 主は義によって世界をさばき、公正をもって国民にさばきを行なわれる。
[84] イザ53:10 しかし、彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった。もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く、子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。
イザ53:11 彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を彼がになう。
[85] 2ペト2:4 神は、罪を犯した御使いたちを、容赦せず、地獄(タルタロウ)に引き渡し、さばきの時まで暗やみの穴の中に閉じ込めてしまわれました。
[86] ヨハネ8:34 イエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。罪を行なっている者はみな、罪の奴隷です。
[87] ヨハネ14:30 わたしは、もう、あなたがたに多くは話すまい。この世を支配する者が來るからです。彼はわたしに対して何もすることはできません。
ヨハネ14:31 しかしそのことは、わたしが父を愛しており、父の命じられたとおりに行なっていることを世が知るためです。立ちなさい。さあ、ここから行くのです。
[88] ヨハネ12:31 今がこの世のさばきです。今、この世を支配する者は追い出されるのです。
[89] イザ14:12 暁の子、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか。国国を打ち破った者よ。どうしてあなたは地に切り倒されたのか。
イザ14:13 あなたは心の中で言った。『私は天に上ろう。神の星星のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。
イザ14:14 密雲の頂に上り、いと高き方のようになろう。』
[90] ロマ7:14 私たちは、律法が霊的なものであることを知っています。しかし、私は罪ある人間であり、売られて罪の下にある者です。
[91] 黙13:6 そこで、彼はその口を開いて、神に対するけがしごとを言い始めた。すなわち、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちをののしった。
黙13:7 彼はまた聖徒たちに戦いをいどんで打ち勝つことが許され、また、あらゆる部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた。
黙13:8 地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、世の初めからその名の書きしるされていない者はみな、彼を拝むようになる。
[92] ルカ20:11 そこで、別のしもべを遣わしたが、彼らは、そのしもべも袋だたきにし、はずかしめたうえで、何も持たせないで送り帰した。
ルカ20:12 彼はさらに三人目のしもべをやったが、彼らは、このしもべにも傷を負わせて追い出した。
ルカ20:13 ぶどう園の主人は言った。『どうしたものか。よし、愛する息子を送ろう。彼らも、この子はたぶん敬ってくれるだろう。』
ルカ20:14 ところが、農夫たちはその息子を見て、議論しながら言った。『あれはあと取りだ。あれを殺そうではないか。そうすれば、財産はこちらのものだ。』
ルカ20:15 そして、彼をぶどう園の外に追い出して、殺してしまった。こうなると、ぶどう園の主人は、どうするでしょう。
[93] マタイ20:28 人の子が來たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです」。
[94] マタイ16:25 いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです。
マタイ16:26 人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。
[95] 黙20:14 それから、死とハデスとは、火の池に投げ翔まれた。これが第二の死である。
[96] 創2:17 しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。」
[97] ロマ3:19 さて、私たちは、律法の言うことはみな、律法の下にある人人に対して言われていることを知っています。それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。
ロマ3:20 なぜなら、律法を行なうことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。
[98] ロマ8:21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。
ロマ8:22 私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。
[99] 創3:17 また、アダムに仰せられた。「あなたが、妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない。
創3:18 土地は、あなたのために、いばらとあざみを生えさせ、あなたは、野の草を食べなければならない。
[100] ヘブ2:14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、
ヘブ2:15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人人を解放してくださるためでした。
[101] 創3:14 神である主は蛇に仰せられた。「おまえが、こんな事をしたので、おまえは、あらゆる家畜、あらゆる野の獣よりものろわれる。おまえは、一生、腹ばいで歩き、ちりを食べなければならない。
[102] 1ペト2:11 愛する者たちよ。あなたがたにお勧めします。旅人であり寄留者であるあなたがたは、たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。
[103] ロマ7:22 すなわち、私は、内なる人としては、神の律法を喜んでいるのに、
ロマ7:23 私のからだの中には異なった律法があって、それが私の心の律法に対して戦いをいどみ、私を、からだの中にある罪の律法のとりこにしているのを見いだすのです。
ロマ7:24 私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。
[104] レビ25:48 彼が身を売ったあとでも、彼には買い戻される権利がある。彼の兄弟のひとりが彼を買い戻すことができる。
レビ25:49 あるいは、彼のおじとか、おじの息子が買い戻すことができる。あるいは、彼の一族の近親者のひとりが買い戻すことができる。あるいはもし、彼の暮らし向きが良くなれば、自分で自分自身を買い戻すことができる。
[105] 2コリ5:2 私たちはこの幕屋にあってうめき、この天から与えられる住まいを着たいと望んでいます。
2コリ5:3 それを着たなら、私たちは裸の状態になることはないからです。
2コリ5:4 確かにこの幕屋の中にいる間は、私たちは重荷を負って、うめいています。それは、この幕屋を脱ぎたいと思うからでなく、かえって天からの住まいを着たいからです。そのことによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためにです。
2コリ5:5 私たちをこのことにかなう者としてくださった方は神です。神は、その保証として御霊を下さいました。
[106] ルカ20:35 次の世にはいるのにふさわしく、死人の中から复活するのにふさわしい、と認められる人たちは、めとることも、とつぐこともありません。
ルカ20:36 彼らはもう死ぬことができないからです。彼らは御使いのようであり、また、复活の子として神の子どもだからです。
[107] ルカ24:41 それでも、彼らは、うれしさのあまりまだ信じられず、不思議がっているので、イエスは、「ここに何か食べ物がありますか。」と言われた。
ルカ24:42 それで、焼いた魚を一切れ差し上げると、
ルカ24:43 イエスは、彼らの前で、それを取って召し上がった。
創18:8 それからアブラハムは、凝乳と牛乳と、それに、料理した小牛を持って來て、彼らの前に供えた。彼は、木の下で彼らに給仕をしていた。こうして彼らは食べた。
[108] ヨハネ20:19 その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが來られ、彼らの中に立って言われた。「平安があなたがたにあるように。」
使徒12:7 すると突然、主の御使いが現われ、光が牢を照らした。御使いはペテロのわき腹をたたいて彼を起こし、「急いで立ち上がりなさい。」と言った。すると、鎖が彼の手から落ちた。
[109] 1ペト3:22 キリストは天に上り、御使いたち、および、もろもろの権威と権力を従えて、神の右の座におられます。
[110] ヨハネ14:9 イエスは彼に言われた。「ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父を見たのです。どうしてあなたは、『私たちに父を見せてください。』と言うのですか。
[111] フィリ2:6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、
フィリ2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。
フィリ2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。
[112] ヘブ1:2 この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。
[113] ヨハネ1:18 いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。
[114] イザ44:6 イスラエルの王である主、これを贖う方、万軍の主はこう仰せられる。「わたしは初めであり、わたしは終わりである。わたしのほかに神はない。
イザ44:7 わたしが永遠の民を起こしたときから、だれが、わたしのように宣言して、これを告げることができたか。これをわたしの前で並べたててみよ。彼らに未來の事、來たるべき事を告げさせてみよ。
イザ44:8 恐れるな、おののくな。わたしが、もう古くからあなたに聞かせ、告げてきたではないか。あなたがたはわたしの証人。わたしのほかに神があろうか。ほかに岩はない。わたしは知らない。
ヘブ1:10 またこう言われます。「主よ。あなたは、初めに地の基を据えられました。天も、あなたの御手のわざです。
ヘブ1:11 これらのものは滅びます。しかし、あなたはいつまでもながらえられます。すべてのものは着物のように古びます。
ヘブ1:12 あなたはこれらを、外套のように巻かれます。これらを、着物のように取り替えられます。しかし、あなたは変わることがなく、あなたの年は尽きることがありません。」
詩102:25 あなたははるか以前に地の基を据えられました。天も、あなたの御手のわざです。
詩102:26 これらのものは滅びるでしょう。しかし、あなたはながらえられます。すべてのものは衣のようにすり切れます。あなたが着物のように取り替えられると、それらは変わってしまいます。
詩102:27 しかし、あなたは変わることがなく、あなたの年は尽きることがありません。
[115] ロマ8:38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に來るものも、力ある者も、
ロマ8:39 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト․イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。
[116] エレ23:23 「主は言われる、わたしはただ近くの神であって、遠くの神ではないのであるか。
エレ23:24 主は言われる、人は、ひそかな所に身を隠して、わたしに見られないようにすることができようか。主は言われる、わたしは天と地とに満ちているではないか。
[117] 1コリ8:6 私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、すべてのものはこの神から出ており、私たちもこの神のために存在しているのです。また、唯一の主なるイエス․キリストがおられるだけで、すべてのものはこの主によって存在し、私たちもこの主によって存在するのです。
[118] コロ3:11 そこには、ギリシヤ人とユダヤ人、割礼の有無、未開人、スクテヤ人、奴隷と自由人というような区別はありません。キリストがすべてであり、すべてのうちにおられるのです。
[119] ヨブ38:4 わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。あなたに悟ることができるなら、告げてみよ。
[120] イザ40:25 「それなのに、わたしを、だれになぞらえ、だれと比べようとするのか。」と聖なる方は仰せられる。
イザ40:26 目を高く上げて、だれがこれらを創造したかを見よ。この方は、その万象を數えて呼び出し、一つ一つ、その名をもって、呼ばれる。この方は精力に満ち、その力は強い。一つももれるものはない。
[121] イザ48:12 わたしに聞け。ヤコブよ。わたしが呼び出したイスラエルよ。わたしがそれだ。わたしは初めであり、また、終わりである。
イザ48:13 まことに、わたしの手が地の基を定め、わたしの右の手が天を引き延ばした。わたしがそれらに呼びかけると、それらはこぞって立ち上がる。
[122] ヘブ1:3 御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。
[123] コロ1:17 御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。
[124] 1コリ15:26 最後の敵である死も滅ぼされます。
[125] 黙20:13 海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行ないに応じてさばかれた。
黙20:14 それから、死とハデスとは、火の池に投げ翔まれた。これが第二の死である。
[126] 2ペト3:9 ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔い改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。
2ペト3:10 しかし、主の日は盗人のように襲って来る。その日には、天は大音響をたてて消え去り、天体は焼けくずれ、地とその上に造り出されたものも、みな焼きつくされるであろう。
[127] マタイ1:21 マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
[128] フィリ2:6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、
フィリ2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。
フィリ2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。
[129] ヨブ41:11 だれがわたしにささげたのか、わたしが報いなければならないほどに。天の下にあるものはみな、わたしのものだ。
[130] ヤコ4:12 律法を定め、さばきを行なう方は、ただひとりであり、その方は救うことも滅ぼすこともできます。隣人をさばくあなたは、いったい何者ですか。
[131] 2コリ5:10 なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。
[132] ヨハネ16:15 父が持っておられるものはみな、わたしのものです。ですからわたしは、御霊がわたしのものを受けて、あなたがたに知らせると言ったのです。
ヨハネ5:22 また、父はだれをもさばかず、すべてのさばきを子にゆだねられました。
ヨハネ5:23 それは、すべての者が、父を敬うように子を敬うためです。子を敬わない者は、子を遣わした父をも敬いません。
[133] ロマ6:23 罪から來る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト․イエスにある永遠のいのちです。
[134] イザ53:12 それゆえ、わたしは、多くの人人を彼に分け与え、彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに數えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。
[135] イザ53:4 まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。
イザ53:5 しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。
イザ53:6 私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。
[136] 2コリ5:21 神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。
[137] ヨハネ8:46 あなたがたのうちだれか、わたしに罪があると責める者がいますか。わたしが真理を話しているなら、なぜわたしを信じないのですか。
[138] ヘブ4:15 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。
[139] ヘブ9:14 まして、キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たちの良心をきよめて死んだ行ないから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。
[140] ヨハネ8:12 イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」
[141] ヤコ1:17 すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から來るのであって、光を造られた父から下るのです。父には移り変わりや、移り行く影はありません。
[142] 1ヨハ1:5 神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。これが、私たちがキリストから聞いて、あなたがたに伝える知らせです。
[143] 創18:25 正しい者を悪い者といっしょに殺し、そのため、正しい者と悪い者とが同じようになるというようなことを、あなたがなさるはずがありません。とてもありえないことです。全世界をさばくお方は、公義を行なうべきではありませんか。」
創18:26 主は答えられた。「もしソドムで、わたしが五十人の正しい者を町の中に見つけたら、その人たちのために、その町全部を赦そう。」
[144] ヨハネ10:17 わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ、父はわたしを愛してくださいます。
ヨハネ10:18 だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父ら受けたのです。」
[145] ヨハネ1:14 ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから來られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。
[146] ヨブ15:15 見よ。神はご自身の聖なる者たちをも信頼しない。天も神の目にはきよくない。
ヨブ15:16 まして忌みきらうべき汚れた者、不正を水のように飲む人間は、なおさらだ。
[147] レビ16:17 彼が贖いをするために聖所にはいって、再び出て來るまで、だれも会見の天幕の中にいてはならない。彼は自分と、自分の家族、それにイスラエルの全集会のために贖いをする。
黙15:8 聖所は神の栄光と神の大能から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその聖所に、はいることができなかった。
[148] コロ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。
[149] エフェ1:9 みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、神が御子においてあらかじめお立てになったご計画によることであって、
エフェ1:10 時がついに満ちて、この時のためのみこころが実行に移され、天にあるものも地にあるものも、いっさいのものが、キリストにあって一つに集められることなのです。このキリストにあって、
[150] 黙6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。
黙6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の复讐をなさらないのですか。」
黙6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。
[151] 1コリ15:54 しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた。」としるされている、みことばが実現します。
1コリ15:55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」
1コリ15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。
[152] ヨブ1:8 主はサタンに仰せられた。「おまえはわたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている者はひとりも地上にはいないのだが。」
ヨブ1:9 サタンは主に答えて言った。「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。
ヨブ1:10 あなたは彼と、その家とそのすべての持ち物との回りに、垣を巡らしたではありませんか。あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地にふえ広がっています。
ヨブ1:11 しかし、あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。」
[153] 1ペト1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人人を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。
1ペト1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス․キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。
[154] 1コリ15:45 聖書に「最初の人アダムは生きた者となった。」と書いてありますが、最後のアダムは、生かす御霊となりました。
1コリ15:46 最初にあったのは血肉のものであり、御霊のものではありません。御霊のものはあとに來るのです。
1コリ15:47 第一の人は地から出て、土で造られた者ですが、第二の人は天から出た者です。
[155] ロマ3:19 さて、私たちは、律法の言うことはみな、律法の下にある人人に対して言われていることを知っています。それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。
ロマ3:20 なぜなら、律法を行なうことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。
[156] ロマ3:9 では、どうなのでしょう。私たちは他の者にまさっているのでしょうか。決してそうではありません。私たちは前に、ユダヤ人もギリシヤ人も、すべての人が罪の下にあると責めたのです。
ロマ3:10 それは、次のように書いてあるとおりです。「義人はいない。ひとりもいない。
ロマ3:11 悟りのある人はいない。神を求める人はいない。
ロマ3:12 すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。善を行なう人はいない。ひとりもいない。」
ロマ3:13 「彼らののどは、開いた墓であり、彼らはその舌で欺く。」「彼らのくちびるの下には、まむしの毒があり、」
ロマ3:14 「彼らの口は、のろいと苦さで満ちている。」
ロマ3:15 「彼らの足は血を流すのに速く、
ロマ3:16 彼らの道には破壊と悲惨がある。
ロマ3:17 また、彼らは平和の道を知らない。」
ロマ3:18 「彼らの目の前には、神に対する恐れがない。」
[157] ガラ3:24 こうして、律法は私たちをキリストへ導くための私たちの養育係となりました。私たちが信仰によって義と認められるためなのです。
ガラ3:25 しかし、信仰が現われた以上、私たちはもはや養育係の下にはいません。
[158] ヘブ2:14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、
ヘブ2:15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人人を解放してくださるためでした。
ヘブ2:16 主は御使いたちを助けるのではなく、確かに、アブラハムの子孫を助けてくださるのです。
ヘブ2:17 そういうわけで、神のことについて、あわれみ深い、忠実な大祭司となるため、主はすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それは民の罪のために、なだめがなされるためなのです。
[159] イザ65:25 狼と子羊は共に草をはみ、獅子は牛のように、わらを食べ、蛇は、ちりをその食べ物とし、わたしの聖なる山のどこにおいても、そこなわれることなく、滅ぼされることもない。」と主は仰せられる。
創2:19 神である主が、土からあらゆる野の獣と、あらゆる空の鳥を形造られたとき、それにどんな名を彼がつけるかを見るために、人のところに連れて來られた。人が、生き物(生き魂)につける名は、みな、それが、その名となった。
[160] 黙20:5 そのほかの死者は、千年の終わるまでは、生き返らなかった。これが第一の复活である。
黙20:6 この第一の复活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対しては、第二の死は、なんの力も持っていない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストとともに、千年の間王となる。
[161] 黙3:21 勝利を得る者を、わたしとともにわたしの座に着かせよう。それは、わたしが勝利を得て、わたしの父とともに父の御座に着いたのと同じである。
黙2:26 勝利を得る者、また最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配する権威を与えよう。
黙2:27 彼は、鉄の杖をもって土の器を打ち砕くようにして彼らを治める。わたし自身が父から支配の権威を受けているのと同じである。
[162] 1コリ15:10 ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。
[163] ロマ8:17 もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。
[164] 1コリ15:25 キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。
1コリ15:26 最後の敵である死も滅ぼされます。
[165] 黙21:3 そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、
黙21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」
黙21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」
黙21:6 また言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。わたしは、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる。
黙21:7 勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。
[166] 黙1:5 また、忠実な証人、死者の中から最初によみがえられた方、地上の王たちの支配者であるイエス․キリストから、恵みと平安が、あなたがたにあるように。イエス․キリストは私たちを愛して、その血によって私たちを罪から解き放ち、
黙1:6 また、私たちを王国とし、ご自分の父である神のために祭司としてくださった方である。キリストに栄光と力とが、とこしえにあるように。ア-メン。
[167] ロマ8:19 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。
ロマ8:20 それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです。
ロマ8:21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。
ロマ8:22 私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。
ロマ8:23 そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。
[168] マタイ19:27 そのとき、ペテロはイエスに答えて言った。「ご覧ください。私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がいただけるでしょうか。」
マタイ19:28 そこで、イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。世が改まって人の子がその栄光の座に着く時、わたしに従って來たあなたがたも十二の座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。
[169] ミカ7:2 敬虔な者はこの地から消えうせ、人の間に、正しい者はひとりもいない。みな血を流そうと待ち伏せし、互いに網をかけ合って捕えようとする。
ミカ7:3 彼らの手は悪事を働くのに巧みで、役人は物を求め、さばきつかさは報酬に応じてさばき、有力者は自分の欲するままを語り、こうして事を曲げている。
ミカ7:4 彼らのうちの善人もいばらのようだ。正しい者もいばらの生け垣のようだ。あなたの刑罰の日が、あなたを見張る者の日が來る。今、彼らに混亂が起きる。
[170] 黙16:5 また私は、水をつかさどる御使いがこう言うのを聞いた。「常にいまし、昔います聖なる方。あなたは正しい方です。なぜならあなたは、このようなさばきをなさったからです。
黙16:6 彼らは聖徒たちや預言者たちの血を流しましたが、あなたは、その血を彼らに飲ませました。彼らは、そうされるにふさわしい者たちです。」
[171] ロマ8:21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。
ロマ8:22 私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。
[172] ルツ3:13 今晩はここで過ごしなさい。朝になって、もしその人があなたに親類の役目を果たすなら、けっこうです。その人に親類の役目を果たさせなさい。しかし、もしその人があなたに親類の役目を果たすことを喜ばないなら、私があなたを買い戻します。主は生きておられる。とにかく、朝までおやすみなさい。」
[173] 1コリ15:45 聖書に「最初の人アダムは生きた者(プシケ魂)となった。」と書いてありますが、最後のアダムは、生かす御霊(プネウマ霊)となりました。
[174] 1テモ2:5 神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト․イエスです。
1テモ2:6 キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自身をお与えになりました。これが時至ってなされたあかしなのです。
[175] エフェ5:2 また、愛のうちに歩みなさい。キリストもあなたがたを愛して、私たちのために、ご自身を神へのささげ物、また供え物とし、香ばしいかおりをおささげになりました。
[176] 2コリ5:21 神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。
[177] 使徒2:23 あなたがたは、神の定めた計画と神の予知とによって引き渡されたこの方を、不法な者の手によって十字架につけて殺しました。
使徒2:24 しかし神は、この方を死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。この方が死につながれていることなど、ありえないからです。
[178] ヘブ2:14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、
ヘブ2:15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人人を解放してくださるためでした。
ヘブ2:16 主は御使いたちを助けるのではなく、確かに、アブラハムの子孫を助けてくださるのです。
[179] 1ヨハ4:9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。
1ヨハ4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
[180] 1テモ2:5 神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト․イエスです。
[181] ヘブ7:26 また、このようにきよく、悪も汚れもなく、罪人から離れ、また、天よりも高くされた大祭司こそ、私たちにとってまさに必要な方です。
[182] ロマ7:22 すなわち、私は、内なる人としては、神の律法を喜んでいるのに、
ロマ7:23 私のからだの中には異なった律法があって、それが私の心の律法に対して戦いをいどみ、私を、からだの中にある罪の律法のとりこにしているのを見いだすのです。
ロマ7:24 私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。
[183] 1ペト2:21 あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。
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